ノーコードツールを実際に導入活用していくにあたって、導入することの「メ リット」と「デメリット」に加え、「導入で検討すべきステップ」について説明しま す。また、メリットやデメリットを把握した上で、どのようにノーコードを導入していけ ばいいか考えていきましょう。ノーコードの用途は、主に「企業が社内業務で利 用する用途と、「スタートアップや企業が社外向けの新規サービス開発ツールと して利用する」用途です。そのため、「企業が社内業務で利用する」用途における、ノーコードの導入方法 について、一般的なシステム導入プロセスのうち、特に留意すべき点を挙げてご 説明します。
1. ノーコードのメリット
・速いスピード
ノーコードはスピードの速さが大きなメリットです。プログラミングをしないので当たり前といえば当たり前なのですが、余計なことを考えずに作りたい機能をアプリに実装していくことが可能です。どれくらい速いのか例を挙げると、例えば、みなさんもご存じの 「メルカリ」のサービスを作りたいとします。 全機能は難しいので、出品機能、商品閲覧機能、チャット機能、購入機能という基本的なマーケットプレース機能を実装するとしま す。この用途には、特化型ノーコードツールの「アルカディア(Arcadier) 」 や 「シェアトラ イブ (Sharetribe)」 が適しています。これらのノー コードツールを使用すれば、約1時間で機能を実装できます。
ノーコードツールの最大のメリットは、速いということです。それもちょっと速いのではなく、別次元の速さで実装することができます。
・柔軟性
ノーコードツールは、柔軟性の高さも魅力です。ここでいう柔軟性とは、基本機能以外 の追加機能の多さ、オプション機能の多さのことです。競争環境や法律などの外部環境の 変化によって社内業務が変化するため、ほとんどのITシステムは、導入時点の機能のま 数年先も使用できるということはありえません。そのため必ずカスタマイズという作業 が発生します。しかし、例えば外部に外注したシステムだと、毎月少なくない金額を発注 してカスタマイズしてもらう必要があります。しかも、完了まで数カ月かかることもあります。
ノーコードはこのあたりが非常に柔軟にできています。そもそも基本機能だけを数年先 まで使用する設計にはなっておらず、何らかの追加機能を使用しながら自社に合うように カスタマイズしていきます。さながら自家用車の購入に近いわけです。例えば前章でお話ししたECノーコードツールのショッピファイは機能を追加する「アプリ」が5千を超え ています。5千もあれば、私たちが思いつく機能はほぼ誰かがアプリ化しているので、あ とはワンクリックでインストールし、設定をすれば実装完了です。
・学習コストが低い
ゼロからプログラミングを覚えて、自分でウェブアプリやモバイルアプリの開発スキル を身につけるためには、短くとも半年はかかります。 簡単な業務改善ツールならまだしも、複雑な業務システムを開発するなら5年、10年の経験あるベテランエンジニアが必要で す。それだけプログラミングの学習コストは高いです。だからこそ、これまでITシステ ムは会社の重要な資産にもかかわらず、社内で人材が育成しづらく、外注業者に頼ってい 歴史があります。
実際にノーコードを活用する方の技術レベルと、ツールが求める技術レベルに差がある 分だけ学習コストが発生するので、できるだけ差異がないようにツールを選定していく必 要があります。この点については次章以降で紹介します。
・社内人材を活用できる
学習コストの低さに関連しますが、ノーコードであれば、プログラミングやゼロからシステム開発ができなくても、社内の人材を活用できます。さらにいえば、もし社内に情報システム部門があったとしても、それ以外の現場部門の人材 を活用することが可能です。これには大きなメリットがあります。それは課題を 感じている人が、解決するための仕組みを作ることができるところです。
ノーコードツールがあれば、人事担当者が自分で採用候補者を管理する仕組みを作るこ とができます。もしくは、適切なクラウドサービス(SaaS)を探して導入することも可 能です。さらに担当者が自ら導入するメリットとしては、業務が変更されたり、社内外の ルールが変更されたりした際に、誰かに頼まなくても自分たちで修正変更もできるという ことです。ノーコードツールが今後たくさん出てくる状況において、必要なのはIT専門 職の人材を新規で採用することではなく、各部門に1人以上のノーコード担当者を育成す るというふうに、人材マネジメントに対する考え方も変化しつつあります。
・精神的負担の軽減
多くの事務処理作業を担う方々は、作業の単調さに反して重い責任を負っています。 その代表例は給与計算です。 給与計算では、まず勤怠管理システムから今月分の勤怠データ をダウンロードし、給与計算をして経理に回します。 給与は従業員にとって生活の糧です ので、金額は少しでも違ってはいけません。しかし、勤怠データを手作業で加工したり、 計算を手作業で行ったりしていると、人間がやる作業である限りはミスが起きます。さら ミスが発生しないように複数人でチェックをしていたりします。 勤怠管理がタイムカー ドであれば、紙からエクセルに転記する際のミスなど、さらに落とし穴が増えます。 経理 業務でも同じことがいえます。取引先に請求書を出し忘れたり、エクセルの計算がずれて いて月次決算の数字が大幅に違ったりなんてことが発生しうるでしょう。
・初期導入費用が安い
多くのクラウドサービスと同じく、ノーコードツールも初期導入費用が安いです。多く のツールでは、無料プランや無料お試し期間が準備されていて、まずは触ってみることが 可能です。 ノーコードツールは、スタートアップ企業がプロトタイプで使用することが多 いのですが、これはプログラミングをすると少なくとも数百万円以上かかるコストを、数 万円から始められるからです。
業務システムでも同じことがいえます。エクセル業務の一部分だけをまずは自動化して みて、うまくいけばその他の業務に拡大していくことも可能です。 自動化する業務が増加 しても、一つ上のプランに変更するだけなので、新しい環境に移したり、設定し直したり する必要がありません。
一方で、このメリットを最後に持ってきた理由は、しっかり使い始めるとそれなりのコ ストがかかるからです。例えば、数百ページになるウェブサイトをノーコードツールに移 設しようとすると、これまで以上のコストがかかります。また、自動化処理においても、 簡単なものであればプログラミングだけ外注したほうが安く済む可能性があります。 ノー コードだから必ず安いわけではないので、しっかり利用料金を計算して検討しましょう。
2. ノーコードのデメリット
・できることが決まっている
ノーコードツールはどれも柔軟性高く設計されています。しかし、プログラミングする ようになんでもできるわけではありません。各ツールには設計思想というものがあり、ど のような用途だと適しているのか、どのような使い方だと一番効果的なのかが、ある程度 決まっています。 顧客管理システムに経理業務をさせるのが無理なことはすぐにわかることですが、ノーコードツールでも、仕様を詳細に理解しないままにツール選定をしてしま うと、同じような悲劇が起きます。
これまでのクラウドサービス(SaaS)と同様のデメリットですが、ノーコードツール でも同じことがいえますので注意してください。
・サービス停止のリスク
ツールのサービス停止には、サーバーやネットワークなどインフラの不具合による一時 的な停止と、事業継続が不可能となってツールの提供自体が終了する恒久的な停止の、2 種類のリスクがあります。 この両方ともノーコードツールではリスクになります。
一時的な停止については、アマゾンやグーグルでも発生するので、ノーコードツールに 限った話ではありません。サービス停止が発生したときは、サービスが復旧するまで待つ しかありません。筆者がこれまで経験した一時的なサービス停止は、最長でも数時間程度 です。そのため、数時間の停止が顧客に大きく影響し、会社に大きな損失が出るような業務には、ノーコードを使用してはいけません。
・セキュリティ
インターネット上のサービスを使う限り、情報漏えいを含むセキュリティリスクはどう してもつきまといます。セキュリティリスクと利便性は常に反比例します。 極端な例でい うと、インターネットへの情報漏えいを完全に防止するためには、紙で保管するのが一番 ですが、利便性は最悪です。一方で利便性を追求してログイン操作さえ不要なサービスを 使用すれば、保存データは誰でも見られる状態なのでセキュリティは最悪です。 ノーコー ドツールを活用する際は、セキュリティ対策と利便性のバランスが非常に大切になります。
・デメリットをしっかり伝える
ノーコードツールを紹介したり、導入商談を行ったりするときは、どうしてもメリット ばかりを訴求しがちです。それだと、利用が始まった段階でデメリットが露見して、トラ ブルになりかねません。特にトラブルになりやすいのは、「できることが決まっている」点 です。 ノーコードは仕様がはっきり決まっているので、できないことはできません。でき ないことがある場合は、顧客や社内決裁者に対して「できません」といって、承諾しても らう必要があります。もっというと「できないことを承諾してくれるくらい、ノーコード のメリット・デメリットを知っておいてもらう」ことがとても大切です。
顧客や社内決裁者は、過去の経験から「頑張れば本当はできるんでしょ?」という甘い 目論見を持っています。だからこそ、強いくらいデメリットも訴求しましょう。制約があ るからこそ、メリットが享受できるという理解を共有しましょう。
3. 業務用途のための5つのステップ
① 業務範囲を明確にする
企業でITシステムを導入する場合、どの業務のどの部分をIT化するかをまずは選定 します。これまでのITシステム導入でも、IT化する対応業務の範囲を明確化して進め ることが大切でしたが、ノーコードプロジェクトではこの部分がさらに重要です。なぜな 業務の範囲(対象スコープ)によって、利用できるノーコードツールがほぼ決定してしま うからです。それ以降はそのツールを前提に進めるため、もし途中で業務範囲が変更され ると、ツール選定からやり直しになり、振り出しに戻ることになります。
複数の業務にわたって導入する場合もあると思います。その場合も、それぞれの業務を 一つのシステムにまとめてしまわないことが大切です。つまり業務間のデータのやりとり はAPIなどでやりとりできる(またはCSVファイルでやりとりできる)ように、各業務をあ えて独立したシステムにしておき、業務範囲をしっかり可視化します。これによって、A 業務に変更があっても他の業務に影響なくシステムを修正することができます。
② 要件を明確にする
業務範囲が明確化したら、次に各業務の機能、つまり要件を明確にします。ここはこれ までのITシステム導入と同じプロセスです。ただし、ノーコードツールが決まると、あ で要件を追加変更することができないので、要件の洗い出しは慎重になる必要がありま す。 要件の洗い出しにはこれまでの倍以上時間をかけて詳細に洗い出しましょう。
要件とは、ユーザーが使用する画面やメニューなどの「機能要件」、セキュリティやア クセス負荷、ツールのサービス停止時間などの「非機能要件」、さらに導入後どのように ノーコードを使うかの「運用要件」 です。 ノーコードプロジェクトでは自分たちで運用す ることでそのメリットを大きく享受できるため、導入後に日々どのようにツールを使って いくのか、誰が面倒を見るのか(オーナーシップ)など、「運用要件」がとても大切になります。
③ ツールを選定し、フィット&ギャップする
要件が整理できたら、ここからようやくツールの選定です。まずは今回の業務範囲が、どのノーコードツールの分類にあたるかを検討します。具体的には、広告用ウェブサイト 運用の効率化であれば「ウェブデザイン」ですし、エクセル業務のオンライン化であれば 「データ格納」です。もし給与計算と経理データ転送であれば、給与計算のSaaSと「タスク自動化」の連携です。
分類が決まると、そこから要件に合わせたツールを探します。 同じ分類の中には、類似 機能を持つツールがたくさんあります。国内でも数個、海外のものも入れると10近くあ るものもあります。その中でなんとなく合いそうなものをいくつかピックアップします。
④ロードマップを作る
ここまでで、どのツールを利用するかが判断できたと思います。次は、「どこまでを初回導入時にノーコード化するか」を決定します。 対象とする業務範囲がすでに小さければ、 そのまま全範囲をノーコード化しても問題ないですが、業務範囲が大きい場合はすべてを ノーコード化するのはリスクを伴います。
ここがノーコードのいいところで、まずは最小単位の業務範囲でノーコードに切り替え、 数週間運用してみて問題なければ、次の業務範囲(または機能)をリリースして運用すると とが可能です。利用者のITリテラシーや業務を行う人数規模によるのですが、 ITリテ ラシーが高く、業務人数が少なければ、できるだけ段階的に移行していくとリスクが低い です。もし利用者のITリテラシーが高くない、または業務人数が多い場合は、一貫した マニュアルを作成したり、利用説明会などを開いたりする必要があるので、移行コストが 上がってしまって段階的な移行が難しくなる場合があります。筆者としては段階的移行を おすすめしますが、プロジェクトごとに移行リスクを見極めて判断する必要があります。
⑤IKEA型ツール運用体制を作る
これでようやくノーコードツールを開発できる段階に達しましたが、先に運用体制を作 りましょう。ここでいう運用体制とは、サーバーなどのITインフラの運用ではなく、ノー コードを実際に業務で利用する人たちを選定することです。
なぜ運用体制を先に作る必要があるかというと、運用者が導入開発することがノーコー ドツールのメリットを最大化する大きなポイントだからです。これを「IKEA型ツール 「運用」と筆者は呼んでいます。
表:ノーコードを業務に導入するための検討例
業務 | 要件 | Aツール | Bツール | Cツール | 今回導入 | 運用者 |
無人店舗管理 | オンライン入店鍵機能 | O | X | X | 来期 | 安藤 |
訪問予約機能 | O | X | O | O | 安藤 | |
受付連絡機能 | O | X | O | O | 安藤 | |
販売管理 | クレジットカード決済機能 | X | O | O | O | 宮崎 |
商品管理機能 | O | O | O | O | 宮崎 | |
在庫管理機能 | X | O | O | O | 宮崎 | |
①の範囲 | ②の範囲 |
③の範囲 |
④の範囲 |
⑤の範囲 |
4. 新規サービス検証のための5つのステップ
①仮説を明確にする
これはノーコードツールを使用する、しないに関わらず非常に重要なことですが、MV Pやプロトタイプ開発では、「仮説を明確にする」ことが大切です。多くのスタートアップ は、潤沢な資金がありません。十分な時間や人材もありません。これらの制約の中で、プ ロダクトが解決する課題(ペイン)と解決策の仮説を決める必要があります。よく「ドミノ の一つ目を見つける」といいますが、どんな大きな課題でも解決の最初の糸口は、とても シンプルで簡単なものです。最初から複雑な仕様で進めると、ノーコードの速さと柔軟性 というメリットが大きく失われるので、注意が必要です。
②検証したい内容を数値化して明確にする
仮説とした課題を検証するために、ノーコードで解決策を実装していく前に、検証した い内容を具体的に決めます。例えば、プロトタイプを使用することでユーザーの課題が可 視化されるところまでを検証するのか、画面デザインやボタンの配置が直感的に使えるかどうかを検証するのか、などです。 次に検証結果をどう客観的で定量的な結果にするかを 決めます。可能であれば数値化しましょう。検証内容によっては、必要な検証データが取 りやすいノーコードツールが変わってきます。極端な例だと、ある質問に対してユーザー がどのような情報を入力するのかを検証したければ、グーグルフォームでアンケートを作 るだけでいいかもしれません。画面デザインの検証が目的であれば、きれいなUIが簡単 開発できて、データベースを持たないデザインツールでもいいでしょう。どのような検 証結果を取得するかによって、利用するツールが違うので、あらかじめ明確にしておきます。
③成功とするしきい値を明確にする
仮説と検証、取得結果までが明確化すれば、あとは成功または失敗と判断するしきい値 を決めます。失敗と判断する基準はもちろん、成功と判断して次の仮説を立てる基準も決 めます。それに加えて検証期間も決めます。 サンプル数が早く集まるなら1週間程度でいいかもしれませんし、時間がかかるのであれば数週間必要かもしれません。
④ツールを選定し、フィットアンドギャップする
ここまで「検証したい仮説(課題と解決策)」「検証可能な客観的で定量的な数値」「検証結 果を判断するしきい値」「検証期間」という要件が決まりました。ここから具体的なノー コードツールを選定し、要件と仕様をフィットアンドギャップしていきます。ツール選定 については、前節の「業務用途のための5つのステップ」の当該項目とほぼ同じ内容なの で、ここでは割愛します。
⑤外部メンバーも入れつつIKEA型運用を
業務でのノーコード導入と同様、ノーコードツールのメリットを最大化するために運用 者が導入開発します。いわゆる「IKEA型ツール運用」をすることで、コストを削減し、 柔軟に運用改善ができます。しかし、業務利用とプロトタイプ検証は運用体制で大きな違いがあります。MVPやプロトタイプを検証するチームは往々にして少数精鋭のチームで メンバー一人ひとりが役割を超えてマルチスキル・マルチタスクで動きます。もちろんノー コードツール開発のプロではないので、開発に時間をかけることができません。そこでお すすめするのが、外部の有識者に入ってもらうことです。
まとめ
それぞれのノーコードツールには、専門で開発している会社やフリーランスの方がいま す。彼らに丸投げ発注することは、IKEA型運用から逆行するのでおすすめしませんが、 彼らを外部アドバイザーやコンサルタントの立ち位置でメンバーに入れ、開発のスピード アップを図りましょう。もちろん多少コストはかかりますが、プロトタイプ検証はスピー ドが命です。社内業務で利用するなら長期間運用するので、ノーコードツールを詳細に学 ぶことが大切です。しかしプロトタイプ検証の場合は、短期間の運用なのとツールの操作 を覚えることがさほどメリットにならないので、スピードアップのために投資するのがよ い進め方です。