マーケティングのKPIをつくる
ここまで、経営戦略とマーケティング戦略がいかに密接な関係にあるかを解説してきまし た。ここ10年ほどで、BtoB企業におけるマーケティングの重要性が浸透してきたものの、まだ営業 部門ばかりが重視される傾向は根強く、マーケティングを専任として事業へ携わり続けてきた人材に 限りがあるのも事実です。
そのため、企業がマーケティング自体に不慣れで、実行の足がかりや骨組みを作ることに苦戦 する担当者や責任者も多くいます。 そういった方に向けて、本記事では、マーケティングの4Pの Promotionに特化し、マーケティングのKPIの考え方や作り方を紹介していきます。
事業として、マーケティング部門としてのKPI作成へのアプローチ
組織論の話に少し立ち戻りますが、 自社戦略を生み出す際、 まず考えなくてはならないのがニーズの有無です。 さらには、そのニーズに対する市場の有無、 市場成長の可能性を知る必要があります。 これらを知るためには、 事業分析の基本的手法であるPEST分析、 3C分析、 5Forces 分析などを行う ことが一般的です。
このような手法を活用してマクロ環境の理解を進め、 事業環境を明確にします。 そのうえで、ミク ロな環境の分析手法であるSTP分析やSWOT分析を行い、マーケティングミックス (いわゆる4Pや 4C)分析を行う。 これが、マーケティング戦略の策定にたどり着くまでの、トップダウンからの王道 アプローチです。
4P分析と4C分析の視点と運動性
一方で、豊富な経験をもつメンバーが新しい事業を立ち上げる場合は、逆の流れからのアプローチ になることもあります。 現場ニーズの理解が強いため、どのような人たちがペルソナになりうるのか、 どのようなカスタマージャーニーをたどるのか、どの企業が現実的に製品サービスを購入可能なのか、 といったビジネス対象の課題を理解しており、ソリューションのイメージが浮かびやすい。 そのため、 そこからあるべき4Pを作成するというボトムアップのアプローチでマーケティングが開始される場 合があるのです。 これはいわゆるリーンスタートアップのアプローチ手法に似ています。
いずれのアプローチを取るにせよ、ニーズがあること、もしくはニーズが成長する可能性があるこ とがマーケティングのスタート地点であることに変わりありません。
ニーズ、 ウォンツ、デマンドの関係性
マーケティングの根本的な概念の一つに、顧客のニーズ、ウォンツ、デマンドへの理解があります。 いかなる事業活動も起点はニーズであり、ニーズがウォンツへ変化し、デマンドへと形を変えます。 マーケティング施策をしていながら、「あまり効果が出ていないな…」と感じている場合は、ニーズ やウォンツを理解せずに、プロモーション、つまりデマンドありきのマーケティングアプローチになっ ている可能性があります。
リードジェネレーション、リードナーチャリング、クオリフィケーションを内包するデマンドジェネレーション
BtoBマーケティング業界でよく語られるデマンドジェネレーション。このデマンドジェネレーションの構成要素の一つに、 リードジェネレーションがあります。 そして、そのリードジェネレーション の施策として、展示会、広告、セミナー、SNS、 オウンドメディアなど、さまざまな手法が取られます。
施策に取り組んでもなかなか成果を得られない場合、 デジタルマーケティング施策ありきのマーケ ティング活動になっていたり、オウンドメディア、広告、セミナーのような個別の施策ありきになっ ていたりするケースが多々見られます。 これは、ニーズやウォンツを理解する前に、いきなりマーケティング4PのPromotionからスタートしている状況です。
正しい順番でのアプローチを明確に理解することで、マーケティングKPI、本書でお伝えするとこ そのPromotion (デマンドをプロモーションする) に関するKPIをより効果的に捉えられるようにな
るでしょう。1マーケティングプロモーションを実行する前段の考え経営の全体戦略や事業戦略において、市場からのニーズやウォンツを正しく理解し、事業活動に対 して最適なバリューチェーンを形成することを前提とした場合、 マーケティング活動の基本的な役割 は、営業部門への支援活動になります。バリューチェーンとその組織像(例)
ま上図では、SaaS などのICT業界の組織を前提としています。このバリューチェーンにもさまざま な役割が与えられることがあります。 製品サービスを自社が顧客に直接届ける直販モデル型と、代理 販売店などに協力してもらうチャネルマーケティング型なども存在します。
直販モデルと代理販売店モデルの違いの例
販売モデルが確立されているIT系の企業であれば、チャネルマーケティングのパートナー企業とし システム開発会社との協力関係を作っていることも多いでしょう。 その場合は、代理店経由の販売 に対してキックパックの金額設定を行うことが一般的である一方、販売目標 (ノルマ) を設定するこ とが難しい。 つまり、自社がコントロール可能なKPI設定を行うことが非常に困難となるのです。
一方で、直販モデルの場合、上記バリューチェーンの形を用いてKPI設定を行うことが相対的に容 易です。 本章でのKPI設定は、直販モデルにおけるP (プロモーション) に対するKPI設定を前提とし 話を続けます。
一般的には、 バリューチェーンの中の「プロフィットセンター」と呼ばれる営業部門の目標売上を元に、マーケティングの目標値は設定されます。 例えば、 営業部門の月間売上目標が月間1000万円で、平均単価が10万円であれば、売り上げ目標達成に必要な契約数は100件。 この数字を、 前述の営業ステップに当てはめ、逆算します。
※営業のステップ (例)
仮に、商談から契約数までの転換率を25%とすれば、商談数は月間400件必要です。 このようにして、 前段階からの転換率を使って逆算を行い、数値を計算していきます。 この逆算を続けると、営業部門 からマーケティング部門の領域に入り込んできます。 つまり、 業務内容が異なる部門同士の接点にお けるルール作りが必要になるのです。
この異なる部門間での数値計算の際に重要なのが、マーケティング部門と営業部門間での見込み客 引き渡し(ハンドオフ)の条件を、 SLA (Service Level Agreement サービスレベル合意書)とし て明確に示すことです。
SLAとは、もともとビジネスの発注者と受注者が契約する際に作成する「サービスの品質に対する 利用者側の要求水準と提供者側の運営ルールについて明文化する」ための資料のことを指します。IT業界では仕事の成果の定義がわかりにくいサービスも多いので、「顧客が何を受け取るかを明確に 定義する」ために、契約書とは別にSLAを取り交わします。 また、社外だけでなく社内の部署間でも SLAを設定することもあります。 営業部門とマーケティング部門のように売上を上げるという目的が 「同じながらも、担当領域が異なる部署ではこのSLAが必要になるケースもあるのです。
ITツールサービスなどで利用されるSLAの一例
マーケティングのプロモーション活動と営業部門で結ばれるSLAの一例
上記はあくまで一例ですが、上記項目以外に、どのようなテクノロジーを利用するのか、 レポート はどこを見るのかなどの定義づけがされます。
たとえばチームスポーツでは、明確なポジション(役割) があります。 サッカーであれば、失点を 防ぐDF(ディフェンス)、 中華役と指示を出すMF (ミッドフィルダー)、得点を獲得するFW (フォワー ド)が存在し、 各ポジションがそれぞれの仕事をすることでゲームが成り立ちます。
事業活動も同様です。 組織内にマーケティング部門、営業部門、 サービス部門、開発部門、バックオフィス部門など異なる仕事(職責) が存在します。 マーケティングと営業部門がスムーズにバスを渡し、顧客に対して一貫した事業活動を提供するためには、パンドオフのルールにSLAが必要になります。
マーケティング部門と営業部門のSLAには、必要商談数が400件、 有望見込み客から商談化まで 進展率が25%とした場合、 有望見込み客は1600件必要です。
この月間有望見込み客の1600件を営業部門に引き渡すことが、SLAで定量的に決めるべき事柄で す。それだけでなく、定性的な視点の合意も必要になります。つまり、有望見込み顧客 (=MQL)の定義 主にデータの取得量と種類を明言、マーケティング側から引き渡された有望見込み客への営業部門の アクションの条件などを擦り合わせなくてはなりません。
たとえば、有望見込み客の定義を次のように定めていたとします。
• 有望見込み客の定義
●コンタクト情報
●氏名
●メールアドレス
●電話番号
●役職名 (が特定位以上の場合)
●部署名 (がマーケティング部門の場合)
●企業名
●従業員数(が300人以上の場合)
●検討状況
●行動情報
● eBookを2回以上ダウンロード
●セミナー/ウェビナーページを訪問済み&未入力
●問い合わせページを訪問済み&未入力
●資料請求ページを訪問済み&未入力
マーケティング担当者は「営業チームからリードの質が低い」と言われることもあるでしょう。 この ような場合、してマーケティング責任者と営業責任者との間で定性的なSLAの定義がないものです。実は、 多くの企業が陥る罠はこの部分で、 営業活動での指標とマーケティング活動での指標が連動 していないことにあります。場合によっては、マーケティング担当者や責任者が、営業部門の目標数 今日付の数字などを把握していないこともあります。 これは大きな問題です。
そのような事態を避けるためには、定量的かつ定性的に合意し、 SLAを決定することが重要です。 そうすれば、自部門のすべきことが明確になり、「リードの質が低い」という議題が上がることもなく なるでしょう。
マーケティングのプロモーションに関するKPIを定めるためには、マーケティング部門と営業部門のSLAを作ることが第一歩ということになります。
リードライフサイクルを基にKPIを作る
営業部門がセールスプロセス(ステージ)を作り、パイプライン管理 (行動管理)を行うように、マー ケティング部門にも同様の考えが必要です。 しかし、この重要性はあまり認知されておらず、 多くの 企業がマーケティング部門のKPI設定に苦戦しているものと思われます。 根本的な理解を深めるため に、まずはマーケティングの前段階の営業のセールスプロセスとパイプラインを見ていきましょう。
営業のセールスプロセスとパイプライン
営業部門には、図のようなセールスプロセス(大枠)が存在しており、各プロセス内でのセールス パイプライン (行動)が細かく定義され、管理されています。
また、マーケティング部門においても、営業部門と同等の組織的な動きを定めておく必要がありま す。その流れは、カスタマージャーニーに沿って作られたマーケテイングファネルを分解して考える ことが一般的です。そちらについては[3-10 マーケティングオートメーション]にて詳しく説明い たします。
マーケティング部門において、営業部門のセールスプロセス (ステージ)管理に該当する考え方は、 リードライフサイクルです。 リードライフサイクルは、営業部門のセールスプロセス(ステージ)と 接続されている必要があります。
マーケティング部門のリードライフサイクルと営業部門のセールスプロセスとデータ定義
このように、バリューチェーンの流れを部門と活動領域に合わせて区分し、その区切りごとにKPI 設定を行います。 ここで重要なポイントとなるのは、このKPIの区切りの原型となるリードライフサ イクルをカスタマージャーニーに合わせることです。
セールスプロセス (ステージ) は、買い手の立場で売り手に対するアプローチの順番に合わせて組 み立てられています。 リードライフサイクルも同様に、買い手の動きに合わせて定義づけられるべき であり、決して、売り手の望むマーケティング活動のために設定されるものではありません。
リードライフサイクルとデータ定義
このように、カスタマージャーニーを作成したうえで、リードライフサイクルを定めます。 こうし て、マーケティング活動の領域が決まります。例えば、こちらの図では有望見込み客 (MQL)は、 話番号、 部署名 役職名、 従業員数、 検討状況の情報を保有していると定義され、 見込み客 (リード) はEメール、氏名、会社名の情報を保有している状態である、といった具合です。
このように、カスタマージャーニーの各段階に合わせてリードライフサイクルを策定し (コンチキ ストを策定) プロモーションに必要なコンテンツの内容を絞り込んでいきます。
見込み客に特定セグメントのみを対象としている場合、例えば、 従業員数が10000人以上のエン タープライズのみを見込み客とする場合には、ICP (Ideal Customer Profile) などをまずは作ります。 また同様に、その企業群がどのようにして購買までたどり着くのか、カスタマージャーニーを作ります。
よくある誤りリードとMQLの明確な違いがない例
この表は、よくある間違いの一つです。 リード (見込み客)とMQL (有望見込み客)のコンテンツ のコンテキスト形式とデータの定義の違いが明確になっていません。
一般的に、eBookなどのDLコンテンツやウェビナーなどは、製品やサービス、もしくは会社名を 知らない人を対象にしていることが基本です。 まだ課題感が明確ではなく、課題を形づくってもらう ために教育的なコンテンツを届けることが多くなります。
一方で、問い合わせや資料請求では、製品サービスに比較的強い興味をもっていることがほとんど です。明確に「この○○というサービスが必要になりそうだ」と認識していることも少なくありません。
購買活動への関心度合いの違いから、 リード (見込み客)はMQL (有望見込み客)に比べ、取得する情報が少なくなるものです。
しかしながら、上記の例ではリード (見込み客) とMQL (有望見込み客) の保持するデータの差分が 「検討状況」しかありません。 これでは、データを取得したとしても、明確な購買行動の深度を理解することが困難です。
リード数やMQL数をKPIに設定したとしても、データに差分がなければ、どのような理由から |度変容を起こしているのかを推測することが難しく、プロセス (ステージ) ごとに作られるべき各 KPIの違いが明確にならないのです。
これでは、各々のリードステージに対してどのような情報を届けるべきかの判断がつきません。 結 果、あらゆる情報を盛り込んだ一括送信メールのような、コンテキストを無視したアプローチになっ てしまうでしょう。
データ取得がきちんと考えられていない場合、 コンテンツを届けようとしても最適な相手を絞り込めません。 カスタマージャーニーが作られていなかったり、 その動きに合わせたSLAやリードライフサイクルができ上がっていなかったりすると、 結果的にKPIの組み立てもバラバラという状況に陥ってしまいます。
そのようなことにならないよう、カスタマージャーニーを作り、リードライフサイクルを策定し、 データマネージメントの定義を決定する。これがKPIの決め方の基本です。
KPI を作り、実行の段階まで分解する
マーケティングでは、 トラフィック、 PV数、 CVR、 クリック数などがKPIと考えられています。 これらについて、 KPI ツリーの考え方を用いて整理していきましょう。
前述したように、マーケティング部門のKPIは営業部門のKPIから逆算して設定されます。 その代表 的な指標が、匿名コンタクト、リード(見込み客)やMQL (有望見込み客)です。 これらを、カスタマージャー ニーと照らし合わせたうえで、各リードライフサイクルに合わせてマーケティングの活動(チャネルと コンテキスト) を決めていきます。 これまでのおさらいとなりますが、 その手順は次のようになります。
1.数字目標を営業プロセス (ステージ)ごとに分解して策定
2.営業部門の数字目標から逆算的にマーケティング部門の最終的な目標(営業部門との接着面であるSLA) を策定
3.マーケティング部門がリードライフサイクルを策定
4.マーケティング部門がリードライフサイクルに沿って指標を設定
5.マーケティング部門が各リードライフサイクルでの指標を細分化して策定
この手順をなぞらえたうえで、はじめてリード獲得のための活動に焦点を当てられます。 トラフィックやCVR、クリック率などは、このプロセスを経て固められたKPIを支える、副次的な指標といえます。
また、先進的なマーケティング活動を行う外資系企業の中には、一次KPIを獲得し、 MQLからの収益(レベニュー) に対する貢献度合いでマーケティング部門のKPI設定をしているところもあります。
しかし、日本企業では、まだそのように高度なマーケティングを実行している企業は、 ほとんどありません。 マーケティングに不慣れなうちは、このようなKPI設定は難しいでしょう。 そのため、一次KPIとして「獲得数」を設定するものとして説明していきます。
リードライフサイクルとKPIの組み立て方の例
この表では、説明を簡易化するため、自社ドメイン上での見込み客獲得に絞っています。 この ようにKPIを次的KPIまで分解していくと、マーケティング活動でよく聞かれるトラフィック、PV数、 クリックスルー事 インプレッションの話につながっています。
また、これらの一次KPIを自社のKPIに設定できるか否かは、自社のマーケティングチームの成熟 に強く依存します。 多くの企業のマーケティング部門では、 活動指標とも解釈できる次的KPIを マーケティング担当者やチームの目標としているのが現実です。
一気に上を目指すのではなく、 まずは足元の目標に注力しましょう。 満足のいく水準まで上がったら、一つ上もしくは二つ上の階層のKPIを、担当者やチームの目標としてもつようにする。 このよう に、少しずつステップアップしていくことをおすすめします。
また、表のように、マーケティングチームの成熟度に合わせて指標の目標と一次KPIを設定するのも良い考えです。
一次KPIが決まった後にするべきことは、チャネル別目標値の決定です。 チャネル別の目標値、 マー ケティングチームによって決め方が異なります。
ビジネスブログ経由で獲得する匿名コンタクトのチャネル一例
例えば、ビジネスプログ経由で匿名コンタクトを獲得する場合、 一次KPIに影響を及ぼす数字は二 次KPIや次KPIにも存在しますが、同様に、チャネルという軸でも定量的に観測する必要があります。 これは策の特徴や、チームの編成によって異なります。 広告担当者がいるのであれば、次表のよう なチャネル別の目標設定も可能です。
このように、チャネル別で獲得目標数を設定し、ビジネスプログの担当者に職責として与えること が大切です。 仮に獲得チャネルを指定しない場合、 多くのビジネスブログの担当者はブログ記事の 筆や更新ばかりに目が向き、SNSなどの他チャネルがおざなりにされがちです。これは、獲得チャネルが複数あるにも関わらず、自ら別チャネルを諦めることと同義であり、 KPI の最大化を阻んでしまいます。 経験の足りない担当者であるほど、明確なチャネル別獲得目標率を設 定することが重要になります。次に、細分化したKPIを定点観測するための準備に入ります。 一般的に、日本の企業のビジネスプ ログ(いわゆるオウンドメディア)は、ワードプレスなどの汎用的なCMSで構築されていることが多 ウェブサイト分析はGoogle AnalyticsやSearch Consoleなどのウェブ/アクセス解析ツール で行われていることがほとんどです。このような解析ツールは、高度なマーケティングを行うことを前提としていないため、プラグイ ン(サードパーティーの拡張機能)や、別の分析ツールを導入することになります。このとき、複数 ベンダーのツールを利用すると、ツール間でKPIの定義が異なるといった問題が発生するケースも 多々見られます。ズレや定義違いを再定義するために、さらに別のツールを導入する、あるいはエク セルやスプレッドシートを駆使するといったことも、よく起こります。
マーケティング専門のCMSを使えば、このような状況を回避することが可能です。これは、複数 のツールを活用できるようになるためのラーニングコスト低減にもつながります。
また、「獲得数」 をKPIとして設定し、 十分な数を獲得できる体制まで整ったら、次に見ていきたい このは「転換率」です。
営業部門がセールスプロセス (ステージ)間での進展率(転換率) を重要KPIとして定めているよう に、マーケティング部門も獲得した匿名コンタクト、 リード (見込み客)、MQL (有見込み客)が次のリードライフサイクルに転換されているかを定量化することが大切です。
転換率は獲得数と同等の重要性をもっています。 マーケティングオートメーショ ン(MA) のようなツールが出現するまで、 進展率 (転換率)を高めるためのアプローチは、営業部門 が行っていることがほとんどでした。
しかし、マーケティングテクノロジーの発展により、これらをマーケティング部門が担当すること も可能になりました。 海外の先進的なマーケティング部門では、ナーチャリングを専門とするチーム が存在し、 彼らの主要KPIとして数字を追うことが一般的になり始めています。
ここで正しく理解していただきたいのが、「”数がある程度獲得できていない状態で”転換率”を同格のKPIとして設定することは労力に見合わない」 という視点です。
例えば、月間100件の名コンタクトを獲得し、 リードへの転換率が10%だとすると、ナーチャ リング経由で月間10件のリード獲得を創出することが可能です。 ここで”数”と“転換率を50%改善 すると仮定してリード獲得数と創出数を比較してみます。
この表のように比較すると、獲得した名コンタクトに対してナーチャリングから創出されたリード数は同じです。 この数字だけで判断すると、「獲得数」 と 「転換率は同格のKPIのように見えるか もしれません。ここでは、二つの数値を改善するために、いくつの打ち手があるかを比べてみましょう。
表のように、自社ドメイン以外でも匿名コンタクト数を増やすための施策は数多く存在しますが、 転換率を高める方法は限られています。 転換率を高めるため、自動化メールの開封率やクリックス ルー率を高めようと努力するマーケティング部門も多いでしょう。 しかし、この打ち手の数を比較す ると、転換率を高めるよりも、匿名コンタクト獲得数を増加させるほうが、ずっと効率が高いと言え るでしょう。
マーケティングのKPIを作成する場合、 まずは顧客の購買行動を理解することが何よりも重要です。 購買行動のポイントをプロセス(ステージ) 化させ、そのつなぎ目をKPIとします。 マーケティング 部門の活動プロセスであるリードライフサイクルとデータ定義を設定した後にKPIを設定し、副次的 な指標へと分解していく。これがマーケティングのKPIを設定するための正しい流れになります。
ブランドを作る
産業財を製造している老舗BtoB企業の経営者にブランディングについて話したところ、「うちはそ あんなに洒落た会社じゃないから」という反応をされたことがあります。どうも「ブランディング見 た目を綺麗に整えること」と捉えているようです。
しかし、これはある種の誤解を含んでいます。 ブランド/ブランディングの定義は諸説あります が、ブランドの研究者も実践者も、ブランドを「見た目を綺麗にすること」と捉えていることは稀です。 多くの場合、「顧客の頭の中にある企業や商材のイメージ」と捉えています。
このように考えれば、 「洒落た会社」でなくても、長く続いている企業であれば、何らかのブランド がすでに存在しているはずです。例えば、長い付き合いの顧客が抱くその企業のイメージ、それもま したブランドの一部です。
海外ではGE フェデックス、 IBM、 インテル、シーメンス、アクセンチュア、セールスフォース・ ドットコムなど、ブランディングに成功していると言われるBtoB企業の事例は、枚挙にいとまがあ りません。 日本においても東レ、 日立製作所、 横河電機、サイボウズなど、ブランディングの成功事 例とされるBtoB企業は徐々に増えてきています。
しかし、ブランディングとは、ここで例に挙げたような大企業や有名企業だけのものではありませ ん。強いブランドを作り上げれば、価格や機能の優劣ではなく、市場での優位性を築くことができま す。 むしろ規模のハンディを負う中小零細のBtoB企業こそ、ブランドのメカニズムを有効活用すべ きともいえます。
ブランド/ブランディングは、オンライン化が進んだからこそ考えなければいけないわけではあり ません。 時代や市場環境に拘わらず、マーケティングを実行する上で考えておくべき重要なテーマの 一つです。ここでは、そのブランド/ブランディングについての基本的な考え方と、整理するための 具体的な手法をいくつか紹介します。
ブランディングとは
BtoBでも「ブランディングが大事」という話を耳にするようになってきました。 では、そ もそも、ブランド/ブランディングとは何なのでしょうか。
ブランディングの大家であるデビッド・A・アーカーは著書『ブランド・エクイティ戦略(デービッド・ A・アーカー / 山計介、尾崎久仁博 中田 啓 小林哲訳/ダイヤモンド社/1994)』 の中で、「プ ランドとはある売り手あるいは売り手のグループからの財またはサービスを識別し、競争業者のそれ から差別化しようとする特有の(ロゴ、トレードマーク、包装デザインのような) 名前かつまたはシ 「ンボル」 と記述しています。 アメリカマーケティング協会(AMA) の定義もほぼ同じですが、 このよ うな機械的な定義から発展し、世界中の研究者や経営者、マーケターがさまざまな言葉でブランドを 表現しています。
アーカーと並ぶブランドの大家、ケビン・レーン・ケラーは、代表作「戦略的ブランド・マネジメン ト(ケビン・レーン・ケラー/恵蔵直人 訳/東急エージェンシー/2010)」の中で、「市場に一定の認知 評判 存在感などを生み出したもの」をマーケティング業界が考えるブランドとしている。 また、 「プ ランドとは単なる製品ではない」 「同じニーズを満たすように設計された製品間に何らかの差別化要 因をもたらす」「その差別化要因は合理的で有形のものもあれば、象徴的、 情緒的、 無形のものもある」 と述べています。
このように、漠然とした共通認識はあるものの、世界的な定義をもたないのがブランド/ブランディ ングと言えます。 ここからは、その前提に立って話を進めていきます。
ブランドと言えば、情緒的であることが重要と考えられている節があります。 これは、情諸表現を その役割とするクリエイターのブランド論に多い発想です。 しかし、ブランドの本質は差別化要因を作ることであり、ブランディングをそのプロセスの一部と捉えれば、必ずしも情緒的なコミュケーショ ンや表現を必要とするわけではありません。
顧客/ 見込み顧客に対して、何者で、何をして、なぜ気にかけるべき存在なのかを示し、顧客/ 見込み客の頭にある情報構造を変えて好意的なブランドイメージを作り出す。 このような意思決 定を助ける活動も、たとえメッセージが情緒的でなくとも、ブランディングの一つであると言える でしょう。
ブランド/ブランディングを理解する上では「ブランド・エクイティ」という考え方についても知っ ておくといいでしょう。 『ブランド・エクイティ戦略』の中でアーカーは、ブランドによって積み上がっ た企業の資産のことを「ブランド・エクイティ」と呼び、その構成要素を、次の五つのカテゴリーに分 類しています。
①ブランド・ロイヤルティ
②ブランド認知
③知覚品質
④ブランド連想
⑤ 所有権がほかにあるブランド資産
このような資産を築いていくことをブランディングと捉えるのが、ブランディングの研究者や実践 の間では一般的です。 このブランド・エクイティについては批判的な議論もありますが、このことは、 議論されるまでに広く浸透した考え方であることを示しています。
このブランド・エクイティの考えを踏襲すると、ブランドとは見た目の華やかな洒落た企業だけが もつものではなく、すべての企業がもっているという理解が成り立ちます。 当然これは、BtoBにも 当てはまります。 競争が激しく差別化と説明が難しいBtoBビジネスほど、ブランドの力を最大限活 用すべきというのは、疑う余地もありません。
ブランディングの成功条件
フィリップ・コトラーは著書『B2Bブランド・マネジメント (フィリップコトラー、ヴァルデマール ファルチ 著/杉光一成、 川上 智子 訳/白桃書房/2020)』の中で、 ブランディングの成功に必要な条 件として、次の五つを上げています。
●一貫性 (Consistency)
●明瞭性 (Clarity)
●継続性 (Continuity)
● 可視性 (Visibility)
●真正性 (Authenticity)
ブランディングをマネジメントする上では、この五つの成功条件を、さまざまなタッチポイントに浸透させていく必要があります。
ただし、これはあくまで原則であり、 理想論であるともいえます。ターゲットユーザーの特性、 プ ランドポートフォリオの構造、コストなどの複雑な事情を踏まえた上で、現実と原則のバランスを見 極めていくのが実践的です。
例えば、膨大な製品ポートフォリオを形成している企業が一貫性に固執しすぎると、事業現場にお いてさまざまな弊害が生じるでしょう。 このような場合、 ロゴやシンボル、フォーマットなどを踏襲 しながら、それぞれのタッチポイントで個別最適化を図っていくということが、実際には行われます。 そうやって運用する中で徐々に一貫性を失っていき、再びブランディングのテコ入れを行う。このよ うなことが繰り返されているのです。
また、ブランディングの意思決定をする上では、コストの問題も関わってきます。マイクロソフト は2020年4月、長年親しんだOfficeというサブブランドをMicrosoftに変更しました。それに伴い、 「WordやExcelなどがワンパッケージになったクラウド製品 Office365 も、 Microsoft365に名称が変 更されました。このことに対するマイクロソフトの公式見解は発表されていませんが、マネジメント コスト削減を目的としたブランドネーム統一の可能性は無視できません。
現実問題という意味では、そもそも市場シェアを獲得しなければブランドを作ることはできない。 という考え方もあります。 ブランド・エクイティを批判したオーストラリアのマーケティング学者ア シドリュー・エレンバーグは、ブランド・ロイヤルティは市場シェアの反映にすぎないとして、 ブラ ンド・エクイティの考え方を批判しています。 その門下生であるバイロン・シャープも、著書 『ブラン ディングの科学 (バイロン・シャープ著、 加藤巧監/ 前平謙二 訳/朝日新聞出版/2018) 」 の中で同様 の主張を展開しています。
確かに業界や専門家の中でしか知られることのないBtoBでは、市場シェアが高いからブランドが 強い。 市場シェアが低いからブランドが弱い、という相関になることも多いでしょう。 この場合、プ ランドを高めるドライバーは市場シェアということになり、市場シェアを獲得するための活動がブラ エンディングになる、と考えられます。
これは確かに一理あるものの、 一方で、専門的かつ高額で意思決定の難しいBtoB商材だからこそ、 市場シェアとは相関しないブランドイメージが最終的な購買の意思決定に影響を与えることもありま す。 このような理想と現実のバランスを取ることこそがブランディングの難しさではありますが、 難しいからこそ、他社が真似できない優位性が構築されるとも言えるわけです。
BtoB企業がブランディングに取り組むメリット
BtoBでもブランディングが注目されつつあるとはいえ、BtoCと比べれば力を入れて取り組んでい ある企業はまだまだ少ないのが現状です。 それは、ブランディングには 「BtoC がやること」「高級品が 「やること」「マス広告が必須」 といった誤解があるからでしょう。 また、ブランディングは長期の投資 が必要でありながら成果を定量的に示すことが難しく、それ故に 「取り組みにくい」「事業上の優先度が低い」と判断されやすいことも一因として考えられます。
しかしながら、 BtoBだからこそ、 そして人が直接営業する機会が減るテレワーク時代だからこそ、 ブランディングはBtoBのビジネスを変えるキッカケになりえるのではないでしょうか。 そこを裏付 けるのが、次のようなブランディングの機能的メリットです。
ショートカット 判断が難しい商材の意思決定を促す
価格や機能の優劣だけで選ばれる商材なら、ブランディングに無頓着でも、事業は成立するかもし れません。しかし市場が成熟すると、価格は横並びになり、機能で差を付けることが難しくなります。 またBtoBの場合、実態として機能優位性があったとしても、専門性や複雑性の高さから、優位性の 理解が難しくなりやすいものです。
例えば、国内外には多種多様なレンタルサーバが存在します。 価格とサービスを変えたさまざまな プランを各社で用意していますが、多くの人は調べれば調べるほど、「どれを選んでいいか分からない」 となるでしょう。 そして、最低限の条件さえ満たされていれば、後は運営企業の信頼感や知名度など で最終決定をするはずです。 この段階になって、ブランドの優劣が意思決定に作用します。
また、営業支援システム (SFA/CRM) は、 世界中に数えきれないほどのソリューションが存在し、 ますが、 世界シェアNo.1であるSalesforce を導入した企業は皆、その機能をすべて理解し、 他社と十分に比較した上で選択したのでしょうか? 必ずしもそうではないでしょう。 Salesforce. comほどのサービスであれば、競合とは比べずに決め打ちで導入した企業も多いはずです。 このよ うなことは、ブランド力がある企業でなければ発生しません。
「BtoB商材は論理的に意思決定される」 と一般的に言われています。 しかし、ほとんどの村は、 論理だけで意思決定を完結させられません。そんなときに、 「妥当な判断をしていると思わせてくれ る商材」を、企業は選びます。 ここで関係するのが、商材や企業のブランドです。
つまりブランドには、複雑な商材で比較が難しいときに意思決定を促す力があるわけです。
シナジーマーケティング&セールス施策全般の成功確率を底上げする
「超過利潤」という経営用語があります。 通常は起きない出来事を原因として、想定よりも多く発 生した利潤のことですが、ブランドにはこの超過利潤を生み出す力があります。
同じマーケティング&セールス施策を打ち出しても、ブランド力がある企業の方が、 CPA (Cost per Acquisition: 顧客獲得コスト) は下がり、 CVR (Conversion Rate) 商談化率、成約率は上がり、 先住率は下がります。 顧客単価 LTV (Life Time Value 顧客生涯価値)が上がり、チャーンレート 解率は下がります。
強いブランドを有していると、企業や商材は「下駄を履いた状態」になり、数字で可視化できない 要因が作用して指標のすべてが底上げされ、 指数関数的に利益が上がりやすくなります。つまり、プ ランド投資をしている企業ほど、マーケティング&セールス施策の精度が高まり、成果を上げやすく なるわけです。
ちなみにブランドは、マーケティングのみならず、 採用や株価といった、 経営全般の指標にも好影 響を与えます。 株価は業績と相関しない面が多々みられますが、業態カテゴリーの標準的な株価に対 して、どれほど上振れまたは下振れしているかを類似企業比準方式で見てみると、ブランド力と の間には強い相関があることが読み取れます。
アドバンテージ 競合の関心度の低さゆえの成功率の高さ
これまで、世間一般ではBtoC企業の方がブランディングに積極的でした。 しかし、 成果の再現性 から見ると、BtoBのほうが事業を伸ばせる確率は遥かに高い傾向が見られます。 それには二つの 由があります。
一つは、「競合企業がブランディング施策をあまり行っていないこと」です。 古くから続く製造業な どに多いのですが、ブランディングの概念がなく活動している企業が多い業界では、例えばロゴ、 会 社案内 ウェブサイトをリニューアルするだけの表面的なブランディング施策でも、成果を上げるこ とがあります。 もちろんこれは本質的なブランディングではありませんが、現実問題として競合があ まりにも粗雑なビジュアルしか用意していない場合、 少し見た目を整えるだけで有利な立場に立てる ことがあるのです。
もう一つ、BtoBの意思決定において「合理性の比重が高いこと」も、ブランディングの成功率を高 める要因になります。 BtoBにおいて、 非論理的な情緒イメージが購買決定の最後の一押しをするこ とはすでにお伝えしたとおりです。とはいえ、一方で機能的便益や経済合理性が無視されるわけでは ありません。むしろ、機能的便益や経済合理性を上手に伝えることができれば、それは強いブランド を作る一因となりえます。つまり、合理性の比重が高いBtoBでは、曖昧で再現性をもたせることが 難しい情緒性の戦いに持ち込まなくても、論理的なメッセージの積み重ねで強いブランドを作り上げ て成果につなげることが、比較的容易なのです。
1BtoBにおけるブランディング検討プロセスの一例
ブランディングのやり方に、決まった型はありません。 企業規模、商材特性、顧客特性、ブランディ ング上の課題などによって、検討プロセスも打ち手も大きく変わります。 そのため、あくまで個別に 最適化していくべきという前提で、私たちが支援したあるBtoB企業におけるプランディングの検討 プロセスをご紹介していきます。
ブランディングに投資すべきかの判断
プロセスとしてまず必要になるのは、 「いわゆるブランディング活動」にそもそも投資をする必要があるか、という判断です。
ブランディングを顧客の頭の中のイメージに働きかける活動と捉えれば、すべての企業が行うべきであり、あるいは自然に取っている行動になります。ただ、あえて「いわゆるブランディング活動」とここで切り離して考えるのは、企業/事業/商材 の置かれた環境によって、ブランディングを意図的な活動とし、 そこに一定の投資を行うべきかの 断が変わるからです。
ブランディングの効果は複雑で多岐に渡ります。 そして多くの場合、効果を実感するのに時間がかかります。 そのため、 1ヵ月後や3ヵ月後の売上確保に迫られている事業がブランディングに意図的かつ、それなりの規模の投資を行うことは、事業成長にブレーキをかける判断になりかねません。
前述のように、「市場シェアを獲得すればブランドは勝手に作られる」という側面があります。また、 製品力を磨くことや、顧客を獲得するための良質なマーケティングコミュニケーションが結果的には ブランディングになることも少なくありません。
まだ立ち上がったばかりの事業 PMFができていない事業、市場が曖昧で商材を磨く余地が大き く残っている事業などは、基本的なシンボルやメッセージを整備した上で、あとは顧客獲得に注力し てブランディングへの投資は保留する、という判断が望ましいことも多いでしょう。
一方で、次の事業課題などが顕在化してきたときこそ、プランディングへの本格的な投資を行うタ イミングと言えます。
●事業が成長し、マーケティング系の集客施策では伸びにくくなってきた
●クリエイティブに一貫性がなくなり品質管理が難しくなってきた
●採用やIRも含めて社会的なコンテキストを明確にする必要が出てきた
●市場や顧客によってバラついているイメージをできる限り統合したい
考え方の枠組み
はじめてブランディングに取り組もうとするとき、 多くの企業が戸惑うことでしょう。 書籍を読ん でも定義がはっきりしない上、 抽象的な概念も多く、検討項目は多岐に渡ります。 ブランドの全体像 を掴まないまま、 CIリニューアルなどの個別のブランドコミュニケーション施策に走り、効果の見 込めない投資を行ってしまう企業もよく見かけます。
実際、ブランディングに決まったプロセスはありません。 私たちも顧客特性に合わせて、さまざま な方法をテストしながら進めているのが実状です。
これはこのクライアント独自のプロセスではなく、私たちが「ブランドビルドモデル」と呼んでいる。 独自で編み出した標準フレームワークです。 このブランドビルドモデルの意図を、もう少し詳しく解 説しましょう。
ブランドやブランディングには決まった定義がありません。 共通して言える のは、ブランドイメージは人々の頭の中にあり、人それぞれ異なっている、ということです。 そのだ ブランディングについて、 次の二つのことが言えます。
一つは、いかに優れたブランディングを行っても、 企業が完全にブランドイメージをコントロール することはできない、ということです。 企業はあくまで間接的な影響しか与えられず、望ましいプラ ンドイメージが形成される「可能性を高めること」 しかできません。
そしてもう一つは、記憶に残らなければ意味がない、ということです。いかに美しいビジュアルや メッセージを作り上げても、それが記憶されなければ、ブランドイメージは形成されません。 つまり、 ブランディングとしては失敗になるということです。
では、ブランドがブランドイメージとして人々の記憶に留まるためには、どうすれば良いのでしょ うか。そのためには、「記憶」を理解する必要があるでしょう。
記憶には、3種類あると言われています。 五感が受けた刺激を数秒だけ記憶する感覚記憶、数分間 保持されるがその後忘れてしまう短期記憶、そして時には数十年以上記憶される長期記憶。 ブランディ ングは当然。 長期記憶に残ることを目指します。
長期記憶はさらに、宣営記憶と手続き記憶に分かれます。 手続き記憶とは「自転車の乗り方」「切符 の買い方」のようなもので、これはブランディングの対象外となります。 もう一つの記憶はさらに、 意味記憶とエピソード記憶に分かれます。
意味記憶とは事実情報、言葉の意味や知識、概念に関する記憶。 「1年は12ヵ月である」といった 知識や誕生日などの情報の記憶です。 エピソード記憶とは、経験した出来事に関する記憶で、出来事 この内容に加えて、さまざまな付情報 (時間・空間的文脈、自己の身体的・心理的状態など)ととも に保持される記憶です。
ブランディングにおいでは、商材のタグラインを端的に記憶する「意味記憶」と、複雑にイメージ を重ねていくことで記憶への定着を図る「エピソード記憶」の両方を狙っていきます。 ただ、ブラン 体験を全体設計する上では、いかにエピソード記憶を作っていくかがより重要な観点となります。
では、どのようにすれば、ブランドはエピソード記憶化されやすくなるのでしょうか。
ブランドビルドモデルは、「社会課題、企業のミッション・ビジョン・カルチャー、商材のコンセプ トを一気通貫する納得度の高いストーリーが存在すると、エピソード記憶化しやすくなる」という考 えに基づいて設計されています。
もちろんそのためには、タッチポイントでの優れたブランドコミュニケーションが不可欠です。 プ ランドビルドモデルを元にブランドの青写真を作っておけば、タッチポイントによってバラバラのコ ミュニケーションを行い、まとまりなく記憶に定着しにくいブランドになってしまうことを防ぐこ とができるでしょう。
ブランドビルドモデルを用いた検討方法について、もう少し詳しく解説しましょう。
社会課題と接続する
P.F.ドラッガーは名著「マネジメント(ピーター・F・ドラッカー 著/上田 博生 ダイヤモンド社/2001)」の中で、 企業の目的の定義は「顧客の創造」としながらも、 「企業は社会の機関であり、その「目的は社会にある」と語っています。 この大原則に従うなら、企業ブランドの最上流は、社会と接続 していなければなりません。 ブランドビルドモデルもこの考えを踏襲し、社会課題とのファー ストステップとしています。
では、どのように接続するのでしょうか。 その検討を容易にするために私たちが作り出したプレー ムワークが、「ソーシャルコネクトマップ」です。
右側に社会や業界の課題・問題とそれを裏付けるファクト、左側に企業の文化とそれを形成するファ クトを配置します。 対になる両者が交わるところに、 企業としての想い 「ステートメント」を定義し、 そこから言葉のエッセンスを抽出し、ブランドの核となるブランドコンセプトを導き出します。 この ブランドコンセプトは、企業によって「ミッション」や「パーパス」とほぼ同義になることもあります。ソーシャルコネクトマップの構造は非常にシンプルですが、各項目を埋めていくのはそれなりの時 間を要します。 多くの場合、経営層やプランドマネージャー、事業責任者などを交えて、複数回のワー クショップを繰り返しながら決定します。
また、ソーシャルコネクトマップを元に議論する上では、各項目を機械的に埋めていくことではな く、「顧客(伝えたい相手) の共感を得るものであるか」という観点が必要です。
顧客は「社会課題と一貫した素晴らしいストーリーがある企業を好きになる」わけではありません。 自らの価値観と強く共鳴しない限り、関心を持たれることはないのです。そのことを理解し、何度も 調整しながら磨き上げていかなければなりません。
なお、ソーシャルコネクトマップにおいて、企業側に「カルチャー」を大きく置いているのは、か ルチャーと商材に一貫性があるブランドの方が強い、という考え方に基づいています。
企業文化を強みにすることが、世界の潮流になってきています。
グーグルを始めとする様々な組織の働き方の 先進事例 アイデアを集めて公開したサイトBtoB ビジネスといえば、経済合理性で判断する論理購買であり、スペックや価格の優位性が最重 要であると考えてしまいがちです。しかし、専門性と複雑性が高く、機能的な差を買い手が知覚しにくいBtoBでは、必ずしも経済合 理性を判断できない状況が生まれます。 AWSやAzureのようなクラウドプラットフォームやSaaSの ようなクラウド型のデジタル製品に代表されるように、アップデートが容易で機能的な優位性がすぐ に覆える商材も多々存在します。こういった環境の中、近年は企業文化をブランドの重要な要素と捉えて、積極的に企業文化を発信 する企業が目立つようになってきました。例えばGoogleでは、Google Workplaceのような企業向けサービスを提供するBtoB企業の側面を もっており、自分たちの働き方や職場環境 研究事例など. Googleの企業文化を発信するウェブサ イト 「Google re: Work」を運営しています。
マーケティングオートメーションの一種といえる製品を提供しているHubSpotもまた、自社の企 文化やマーケティング哲学を製品に反映している企業として有名です。 彼らも 『HubSpot Culture. Code」という企業文化を言語化したドキュメントを制作し、これを外部に広く公開しています。
日本企業でこういった企業文化の発信を上手に行っているのが、サイボウズです。
サイボウズはグループウェアなどを提供するIT企業です。 グループウェアはIT製品としては比較 的歴史が古く、競合も多いカテゴリーになります。 製品優位性を伝えるプロモーションも行っていま すが、それだけでなく、働き方改革にまつわる様々な情報発信、メディア露出にも積極的です。
この一連の活動には、「チームワーク溢れる社会を創る」という彼らのミッション、そして、それに紐づく、公明正大、多様性、自律といった企業文化を明確に定義し、それを具現化するための製品群、というブランドストーリーが背景にあります。
結果、一般生活者が接点をもたないBtoB企業でありながらサイボウズは非常に多くの方に認知さ れています。このような企業文化の発信は、競争が激しく機能的優位性を知覚させにくいグループウェー アというカテゴリーにおいて、ブランド上の強い優位性となって、第一想起を生み出し、 各種マーケ ティング施策の成功率を高め、さらには採用やIRなどにも好影響を生み出していると考えられます。
ミッション・ビジョン・バリューを整理する
近年のブランディングにおいて、ミッションやパーパスに関する議論が盛んに行われています。 本 書ではこれらの詳細な概念論には深入りしませんが、ブランドコミュニケーションを実行する上では、 考え方を整理しておく必要があるでしょう。
企業によってはミッションとビジョンの定義を区別していないところもありますが、 私たちは、次のような整理をして区別しています。
この整理に基づくと、次のように表現できます。
●ミッション・・・社会に向けてのメッセージ
●ビジョン… 自分自身に向けての意志
●バリュー… 自分自身が持つべき価値観
●ビジネス社会に向けての具体的な提供物
このように整理することで、ミッションとビジョンの役割が明確になります。ミッションやビジョ ンを整理した上で、それぞれが相互補完の関係となっていることが重要です。
バリューは、ミッションやビジョンを実現するエンジンになりえるか。ビジネスはミッションやビ ジョンと接続しているか。ミッションはビジネスやビジョンを規定しているか。ビジョンはミッショ ンを実現し、ビジネスの拡大と相関するのか。 このようなバランスを注意深く観察しながら、必要で あれば、ミッション・ビジョン・バリューを調整していきましょう。
なお、ミッションは社会に向けてのメッセージとなるため、前述のソーシャルコネクトマップで導 き出されたブランドコンセプトと同一になることもあります。 このあたりは、全社を巻き込んだ検討 をするのか、あるいは事業や商材に特化した検討をするのか、ブランディングのスコープによって変わります。
ブランドエレメントを整理し、ガイドライン化する
ソーシャルコネクトマップとミッション・ビジョン・バリューの定義が明確になったら、ブランドの構成要素をさらに精緻化していきます。
ここでは主に、 「ナラティブ」「ブランドメッセージ」「ビジュアルアイデンティティ」「トーン&マナー」の四つについて取り扱っていきます。
ナラティブ
ナラティブは、端的に言えばそのブランドの物語です。 ストーリーと違うのは、「物語の主役を、 企業ではなく、顧客やユーザーとする」点です。 ソーシャルコネクトマップにおけるステートメント を、顧客視点に置き換えて、社内で共有しやすいようにコンパクトにまとめたものと捉えるといい でしょう。
ブランドメッセージ
ブランドメッセージとは、その名のとおり、ブランドにおけるメインメッセージです。 ソーシャル コネクトマップやミッションと同じになることもありますが、それらからさらにブレイクダウンして、 商材特有の世界観を感じさせるメッセージに加工することもあります。最終的にはCI/VIに併記され るなど、ブランドを象徴する言葉として多用されていきます。
ビジュアルアイデンティティ
ビジュアルアイデンティティは、シンボルとタイプを組み合わせて作られる、いわゆるロゴです。 既存ロゴを踏襲する場合はここにそのまま当てはまりますが、もし新たに作成する場合には、VIある 「いはCI作成のプロセスが発生します。
トーン&マナー
トーン&マナーは、ビジュアルおよびコンテンツの雰囲気を決めるための基本方針です。 イメージ スケールを用いて、ブランドの情緒的なポジションを決定します。ビジュアルの場合、VIを確定する ことで、ビジュアルのトーン&マナーが確定していくことがほとんどです。 また、コンテンツ、 特に コピーについても、口調や文体、用語など、トーン&マナーに影響を与える要素を決めていきます。
ここまでの段階で、ブランドの基本要素が出揃うので、これをガイドライン化していきます。ブランドガイドラインは、この段階で完成するものではありません。 続く、コミュニケーション設計の内容も踏まえながら、最終的な方針を決定します。
また、ガイドラインの中で、ここまでのブランド検討内容を分かりやすく整理して伝えるために、 既存のフレームワークにまとめることもあります。
私たちが比較的よく活用するのは、ケビン・レーン・ケラーが提唱した『ブランドピラミッド」、もしく は企業ブランディングを手掛けるインサイトフォースの山口義宏氏が提唱する『ブランド知覚価値」です。
ケビン・レーン・ケラー氏は、プラ ンド・エクイエティからさらに推し めて、ブランド価値を高めるた めのルートを段階別にピラミッド 型に示すマーケティング手法であ る。 ブランド・ピラミッドを提唱ました。
株式会社インサイトフォースの山口義弘氏 は、さまざまなプランドの議論を集約した上 で、ブランド知覚価値という考え方を採用し ています。 これをサイボウズ様に適応すると、 右のようになります。
これらのフレームワークに優劣があるわけではありません。社内での説明がしやすい方を使いましょう。
タッチポイントを選択する
私たちのブランド支援メニューの中でも、ブランドコミュニケーションについては、ブランドと職 害の特性によってその都度検討しているのが実状です。また、各タッチポイントでの表現方法につい てはクリエイティブの領域となるため、本項で解説できる範囲を超えてしまいます。
ここでは主に、タッチポイントの決め方について解説します。 タッチポイントの決め方は主に、 スタマージャーニー/カスタマーライフサイクルベースで考える方法、もしくはファネルベースで参 える方法の2種類を提案しています。
カスタマージャーニー/ライフサイクルベース
カスタマージャーニー/ライフサイクルベースとはその名の通り、カスタマージャーニー、あるいはカスタマーライフサイクルを描いてタッチポイントを決めていく方法です。
次の例は、事前選択 購買一利用体験一関係の継続→他者紹介というライフサイクルの中で登場するタッチポイントを整理した図です。
このそれぞれのタッチポイントの中から、頻度・期間・効果・コスト・実行容易性などを総合的に 見極め、優先順位と実行順を決めていきます。
ファネルベース
基本的な考え方はカスタマージャーニー/カスタマーライフサイクルベースと同じですが、マーケ ティングファネルを描いた上で、 それぞれのステージに対応するタッチポイントや施策を整理します。 これを元に、ブランドのガイドラインに従ってどこから何を反映していくのかを、頻度・期間・効果・ コスト・実行容易性などを総合的に見極めて決めていきます。
カスタマージャーニー/ライフサイクルベースを選択するにしろ、 ファネルベースを選択するにしろ、こういったタッチポイント設計がすでにできていることが前提となります。 マーケティングの文脈において 行われる場合、このようなタッチポイントの設計図がすでにあることも多いです。 しかし、ブランディン グだけを検討するプロジェクトの場合、タッチポイントの全体像が明らかになっていないこともあります。
そのときは、ユーザーインタビューなどのしかるべきリサーチを実施して、タッチポイント設計を行う必要があるでしょう。
なお、一連の解説の中で触れませんでしたが、既存のブランドをリニューアルするリブランディン グプロジェクトの場合、ブランドの現在地を把握するためのブランドリサーチを実施することもあり ます。 ただし、BtoCのように生活者に対する大規模なアンケートを集めることはBtoBでは難しいた め、インタビューがリサーチの中心になってきます。
ここまで紹介したように、ブランディングには一定のプロセスや、実行を助けるフレームワークが 存在しますが、これらを用いたからと言って、必ずしも成功するわけではありません。さらにいえば、 ブランディングの影響範囲は非常に幅広く、かつ時間をかけて徐々に効果を表すことが多いものです。 このブランディングの効果を明確にしようという動きは、ブランド研究者などを中心に積極的に行わ れており、さまざまな測定法が存在します。 しかし、顧客数の少ないBtoBでは、ブランドを定量的 に測定することは困難です。測定できたとしても、多くの費用と時間を要します。
その結果、ブランディングを実施するかどうかは、リーダーがブランディングに価値を置くかどう かに大きく依存することになります。さらには、成功するかどうかも、リーダーのコミットメント。 にかなり依存してしまうのです。ブランディングのプロジェクトにリーダーをいかに巻き込めるかが、 その成否を大きく左右することになるでしょう。
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