海外では、シェアの拡大などを目的に大規模なM&Aが行われています。M&Aは成功もあれば失敗もあります。日本国内外、規模にかかわらず失敗は多く存在するでしょう。本記事では、M&Aの失敗要因や過去の失敗事例を分析するとともに、失敗しないM&Aを実現するための対策について解説いたします。
M&Aにおける失敗とは
M&Aは事業の拡大や新規事業への参入、そのためのノウハウを入手したりコストカットなどの効率化をしたりすることが目的です。これらの目的が達成されない場合を失敗とすれば、大きく3つのケースが考えられます。
投資対効果が見合わない
投資対効果が見合わないとは、投資額に比して得られたリターンが小さいことです。不動産の購入などと同様に、競争相手がいる場合やどうしてもその企業が買収したい場合などに価格が跳ね上がることがあります。
このような状況で勢いで買収先企業を決めてしまうと、譲受後に事業がうまくいっていても投資対効果がなかなか得られず失敗に終わってしまいかねません。
損害が発生する
買収時の評価額の査定が甘かったことが要因となり、買収した会社がのれんの減損などで巨額の損失を計上することがあります。債務調査が甘く、事業譲渡を受けたタイミングで債務を引き継いでしまう事例も少なくありません。
買収後に粉飾が発覚する
M&Aでは、買収対象企業の財務・税務・法務などに関する情報を精査する買収監査(デュー・デリジェンス)を外部の専門家に依頼することが一般的です。
しかしながら、買収監査が不十分だったことにより、買収後に売り手企業の粉飾や不正会計、法令違反が発覚し、買い手の経営が悪化するケースがあります。
最悪の場合、買い手企業が経営破綻に追い込まれる場合もあるため、事前の調査を怠るとM&Aに失敗するだけでなく、自社そのものを追い込みかねないということを留意する必要があります。
のれんの減損損失が発生する
M&Aによって企業を買収した後、貸借対照表(BS)の資産の部には買収価額が記載されることになります。この買収価額には、買収価額と買った会社の純資産額の差額である「のれん」が含まれることになります。
M&A実施後は、買い手企業はのれんを長期にわたり減価償却しますが、当初予定したシナジーを得られなかったなどの理由により、買収対象企業の評価額が下がると、減損処理により損失を計上する必要があります。
当初の想定よりも事業が落ち込み、買収した会社の企業価値が減少したと監査法人から指摘された場合、多額の減損を計上する必要が生じてしまいます。
企業イメージが悪化する
売り手のコンプライアンス・ハラスメント・環境汚染・訴訟のなどの問題が発生することで、M&A後に自社のイメージが悪化してしまうことがあります。
文化・宗教などに違いが見られる海外企業とのM&Aで発生しやすい失敗パターンです。
M&Aの失敗事例
M&Aは大きな経営の転換点となるものですので、そこには自ずからリスクが存在します。そのリスクをきちんと避けきれなかった場合、M&Aは失敗に陥ります。どんなM&Aであっても失敗のリスクをはらんでいますから、つまずいた例も多々見られます。ここではそうした失敗の事例からケーススタディに取り組んでいきましょう。
東芝
ダイナブックでノートパソコンの先鞭をつけた東芝も、M&Aで手痛い失敗を経験しています。2006年、東芝はアメリカにおける原発開発の大手企業ウェスチングハウスに対するM&Aを実施しました。重電部門の事業拡大を目途とする一大M&Aで買収額は6,600億円に及びました。
しかし、ご存知の通り2011年、東日本大震災に伴う福島第一原発の大事故により原発事業は大転換期を迎えます。原発の安全性への疑念が高まり、世界的に開発事業は軒並みストップしてしまいました。そのうえ、ウェスチングハウス社とのPMIにおいても、不正会計や事業における多額の損失が発覚します。東芝はM&A時に計上していた3,300億円ののれんのうち、実に2,600億円もの減損損失を生じさせてしまいました。
M&Aにおいて、綿密に計画した事業計画が、その期間内の社会的事象や業界のトレンドの変化によって台無しになってしまった事例です。ここまで極端でないまでも、買収企業の業績悪化は、M&Aの大きな失敗要因となります。
キリン
キリンは日本のビールメーカーとしてよく知られています。日本国内では人口減少などもあって市場の縮小傾向が問題となっていた中、これを打破する手段としてキリンは海外企業のM&Aを選択しました。2011年、キリンはブラジルで第2位のシェアを誇るスキンカリオールを約3,000億円で買収しました。この当時ブラジルは年10%程度の高い成長率を見込まれており、キリンは販路拡大の期待を持ったのです。
ところがその後ブラジルの景気は悪化に転じ、2015年にはキリンは約1,100億円の減損損失を計上せざるを得ず、473億円もの巨額の赤字を計上するに至りました。ブラジルの子会社はこの2年後にはオランダのハイネケンに、わずか770億円で売却されてしまいました。
事業拡大をねらったM&Aでしたが、当初見込んでいたような景気拡大が進まなかったことが原因での失敗でした。社会的な要因で目論んだ通りの経営実績が上げられないことはやむを得ない側面もありますが、市場調査の徹底などで回避できる可能性もあった事例です。
第一三共
製薬会社も今やグローバルに展開されていますが、そんな一つである第一三共は、国際的なM&Aとして2008年インドのジェネリックメーカー、ランバクシー・ラボラトリーズを約4,900億円で買収しました。ところが買収のためのTOBの真っ最中にランバクシーに問題が発覚しました。アメリカのFDAが、ランバクシーの2つの工場で抗生物質の取り扱い、製造に使用している器具の洗浄、生産や品質の管理において問題があるとして30種を超える医薬品の輸入禁止措置を発表したのです。
当時売上高の3割をアメリカに依存していたランバクシーは大打撃を受け、株価はTOB価格を7割近く下回り、第一三共に3,595億円の評価損を生じさせました。第一三共は2009年の3月期連結決算で2,154億円の赤字を計上するに至りました。
このM&Aでは、元株主による情報隠蔽があったともいわれていますが、デューデリジェンスの不足は否めません。M&Aにおける売り手企業の法務上のリスクなどもしっかり把握するデューデリジェンスの重要性が実感できる事例といえます。
パナソニック
創業者松下幸之助の名前を関した社名をブランド名に変更したパナソニックは、国内最大手の家電メーカーです。2009年三洋電機の買収を行ったM&Aは、年間売上高11兆円以上の巨大電機メーカーの登場を予期させるものでした。パナソニックは5,180億円の巨額ののれんを含む、6,600億円の巨費を投じて買収を実施しました。のれんがこれほどに大きかったのは、三洋電機の持つ太陽電池やリチウムイオン電池の開発に関わる技術力の将来性を見込んでのことでした。パナソニックは、この事業分野で世界シェアを切り崩すことを考えていたわけです。
ところが、円高などの為替環境の変化などにより、三洋電機の民生用リチウム電池の事業価値は低落を続け、業績は悪化の一途をたどりました。追加投資などを含めて8,100億円以上をかけて三洋電機を完全子会社化したパナソニックでしたが、経営統合の努力も虚しく、2013年度の決算では6,000億円以上の評価損を計上してしまいました。5,000億円を超えるのれんも、結局そのほぼ半分、2,500億円が減損損失として処理されています。
M&AはPMIの段階に入って初めてその真価を問われることになります。この事例では、見事にあてが外れてしまったわけで、事業環境の変化がM&Aを失敗に導くことがあると教えてくれます。
NTTドコモ
今やモバイル通信は超成長分野です。そのトップランナーとして、業界を牽引しているNTTドコモですが、その急激な事業拡大ゆえのM&Aの失敗事例があります。NTTドコモは、IT業界の急拡大に合わせるように国際的なM&Aに先鞭をつけました。
2000年、オランダのKPNモバイルにM&Aを実施、その投資額は4,000億円でした。驚くことに、NTTドコモは同年にもう一件の案件を成立させます。イギリスのハチソン3GUKに対するM&Aがそれで、ここでも1,900億円もの多額の投資を行いました。矢継ぎ早の買収劇は続きます。翌年2001年にもNTTドコモはM&Aを実施、今度はアメリカのメジャー携帯電話企業、AT&Tワイヤレスが対象でした。その買収額はなんと1兆2,000億円、破格の買収価額は当時大変な話題となりましたので、記憶している方もいらっしゃるでしょう。
グローバルなモバイル通信企業としての飛躍を目指したこれらのM&Aでしたが、結果的にはすべて事業に行き詰まり、撤退を余儀なくされました。その損失額は1兆5,000億円にも上り、投資額の大部分を失った形で終わりました。
この事例はあまりにも巨額すぎてなかなか参考になりにくいところはありますが、やはりM&Aによるシナジーを見誤り、事業計画が頓挫したことが大きな要因です。急激な拡大路線に乗ったM&Aは、どうしても企業価値やシナジーなどの評価を甘く見積もってしまいやすいことを押さえておきたいですね。
M&Aの失敗要因
買い手の失敗要因
- 目的が不明確
これはM&Aありきの経営戦略となり、M&Aが目的化してしまっているケースです。M&Aは、あくまでも経営戦略を達成するための手段であるため、本来何のためにM&Aを実施するのかを見失わないことが肝要です。企業買収がゴールになってしまうと、まずはM&Aをすれば事業がうまくいくと考えてしまいがちですが、目的との適合性を考えずにM&Aを実行すると、想定していた効果が得られず失敗に終わる可能性があります。
- FAや仲介のいいなり
ファイナンシャルアドバイザー(FA)やM&A仲介会社が持ち込んできた案件に対して、深く検討せず言われるがままに買収してしまうことは、失敗に繋がります。ファイナンシャルアドバイザーやM&A仲介会社などに相談するときは、きちんと細かな点まで打ち合わせや相談を実施することが望ましいと言えます。
- 根拠薄弱な取引価額
これは、適切でない取引価額設定によって、本来あるべき取引価額よりも大幅に高値で買収してしまい、結果として想定していた買収効果が得られず費用対効果が見合わないというパターンです。統合後のシナジーに期待しすぎるあまり、適切な評価額を大幅に上回る金額で買収を行なってしまうと、M&A成立後の業績悪化に繋がることになります。
- 買収後の従業員退職
これは、特に海外の企業を買収する際に多いケースです。企業統合後に、両者の企業文化の違いから、買収企業の優秀な人材が離職してしまうことがあります。M&Aで買い手が買収するのは、売り手が所有する事業や設備に留まらず培ったノウハウや優秀な人材を含みます。買収成立後にキーパーソンが離職してしまうと、想定したM&Aによるシナジーを発揮できなくなる恐れがあります。
- 買収後の放置
経営陣に買収後も引き継ぎ経営を任せることは悪いことではないですが、完全に放置してしまう場合、買収後の経営陣がインセンティブを失っていることなどで経営が悪化する可能性があります。買い手企業もシナジー創出に向けて適切に統合作業(PMI)を実施することが大切です。
売り手の失敗要因
- 買い手企業のいいなり
M&Aでは買い手の交渉力が強い場合も多くあり、条件などに関する取り決めを買い手が有利に進めるケースが存在します。このとき、売り手があまりにも買い手に対して譲歩しすぎると、後に売り手企業内に不満が生まれる原因となり、M&A後の統合が上手く進まない可能性があります。
- 情報の漏えい
これは、売り手の失敗事例として多いパターンであり、M&Aの売り手は情報漏えいに関して特に注意して情報を管理する必要があります。M&A実行に関する情報が実行前に漏れてしまうと、顧客がいる場合は不安を抱かせることとなります。例えば取引自体が停止になってしまったり、その後のM&Aの実行自体にも影響する場合があります。
- 不誠実な対応
この失敗の要因は、売り手だけでなく、買い手対しても同様のことが言えます。
- 合理性のない条件変更
M&Aでは、ほとんどの場合買い手と売り手の希望条件が異なります。
売り手は可能な限り取引価額を上げるインセンティブがあり、一方で買い手は極力費用を抑える必要があるため、そのような状況は自然と言えます。
一方で、M&Aが成約直前になり条件の変更を申し出るなどの対応は、十分な検討期間や準備期間が得られず、M&Aそのものが破談となったり、実行後の統合の妨げとなる可能性が高まります。
- 株主と経営陣の意見が不一致
株主と経営陣が一致している場合にはこの問題は生じませんが、異なる場合には注意が必要です。株主ではない経営陣がM&Aに反対することで、M&Aそのものの検討の継続が難しくなったり、いざM&Aを実行した後の統合段階で買い手との間で大きな溝が生まれてしまう可能性があります。
M&Aで失敗しないための対策
1. 目的に応じたM&A戦略の立案
なぜM&Aをするのか、企業の経営戦略として明確にすることが第一です。新事業の創出なのか、事業範囲の拡大なのか、マーケットの拡大なのか、従業員を含めて、企業戦略としてのM&Aの必要性を理解していることが成功の鍵になります。
2. 適切なM&A対象の選択
いくつかの相手企業が挙がったとき、その中からフィーリングや直感で相手を選んではいけまセん。その企業が相手として適切な理由を言語化することが重要です。「買収対象の企業に売却ニーズがあるか」「相手企業とのシナジー効果は見込めるか」「相手企業の財務面は健全か、安心性が担保されているか」「M&Aの実現に十分な可能性があるか」以上の4つの視点で、相手企業が適切かどうかを見定めることが必要です。
3. 企業価値評価を行う
M&Aの実現可能性の要素として、「買収価格目線」の観点があります。M&Aにおける買収価格目線はいわゆる「企業価値評価」によって定めることが一般的です。実際に計算し、相手方と買収価格目線をすり合わせる際に参考にすると良いでしょう。
- コスト・アプローチ
売却対象企業の貸借対照表における純資産額を企業価値とする考え方です。将来的なキャッシュフローは織り込まれないのが特徴です。わかりやすいため小規模のM&Aでよく用いられます。 - インカム・アプローチ
売却対象企業の将来的なキャッシュフローの予測値を加味して価値を測る考え方です。売り手側の事業計画からフリーキャッシュフローを求め、これに理論的な割引率を適用して算定します。合理的な方法でよく用いられますが、算定の前提を相互に共有するのに困難を伴う場合もあります。 - マーケット・アプローチ
類似した上場企業の株価や業績をもとに算定した倍率を、対象企業の業績に乗じて株式価値の総額を想定する考え方です。上場前や非上場の企業のケースでよく用いられます。
4. デューデリジェンスの徹底
買収対象の企業の経営状態などを調査するデューデリジェンスは極めて重要なプロセスです。売り手側が準備した経営資料には現れてこない簿外債務などのリスクを把握することも重要です。しかし「M&Aで見込んだシナジーが確実に得られるか」「目論んだ経営戦略は実現可能か」などに関連する事項の確認はさらに重要です。この結果次第では売却対象企業の企業価値を見直す必要もあり、慎重に、かつ徹底して行う必要があります。
5. PMIの確実な実施
M&Aは目的でなく手段だと説明しました。PMI(経営統合)は、まさにM&Aを目的実現に向かわせる大事な取り組みです。買収後、一般的には3カ月程度の間に、中期経営計画を立案したり、企業風土や企業ルールのすり合わせを行ったり、2つの企業を一つにまとめて目標に向かって進む体制づくりを行います。このプロセスを迅速かつ確実に行うことで、M&Aの成果が得やすくなります。
6. M&Aの専門家からサポートを受ける
相手先候補の選定からPMIに至るまでには多様な知識が必要となるため、すべてを自社内で完結させるのは非常に難しく、外部の専門家に頼ることは必須です。しかし、M&A分野は近年高度化しており、成功のためには気を付けるべき点が多数あるにもかかわらず、知識・経験が不足しているアドバイザーが多くいます。M&A総合研究所は、主に中堅・中小企業を中心にM&Aのお手伝いをしている仲介会社です。経験豊富なアドバイザーが、M&Aを通じた経営戦略の実現や経営計画の実現をサポートします。当社は成約の強みは「成約までのスピード」で、最短で3カ月での成約実績があります。スピードを重視することで機動的なM&A戦略を実現でき、結果としてM&Aの成功につながるでしょう。
まとめ
M&Aを進めるプロセスの中には、至るところに失敗の要因となる事項が潜んでいます。失敗事例から推測すると、こまめなチェックが足りていなかったり、コストを使わずにM&Aを行おうとしたりするケースで失敗事例が多いです。
M&Aは企業の将来を左右する経営戦略であり、従業員や関係者にも被害が及ぶこともあります。M&Aを実施する際は、細かいチェックや合理的な取引を行えるよう、専門家のアドバイスや第三者からの意見も取り入れることがM&Aを成功させる切り札といえます。