昨今のビジネスシーンでは、DX (デジタルトランスフォーメーション)という言葉がよく使われるようになりました。 DXへの取り組みは既に多くの企業で始まっており、 あらゆる業界でその取り組みが活発化しています。しかし 一方で、 「DXという言葉はよく聞くけれど、正しく理解できていない」 「DX が自社にとって必要かが分からない」「何から着手すればいいかが分からない」 といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実は、2022年4月にSTRATE (ストラテ) 社が 「DXに関するアンケート」 を行った結果、「DXという言葉は知っていても意味を理解していない人が3割、 約2割はDX言葉自体を知らないこと」が分かりました。
DXは言葉が先行していることとは裏腹に、「DXとは何か?」 「なぜ、 DXが 必要なのか?」などといった基本的なところは、 企業の現場で実務に関わる方々 の間での理解がまだ進んでいません。そのため、 企業内のDX推進の担当者が 意気込んで、いざ実際にDXを社内で進めようとすると、 様々な壁が立ちはだ かり、四面楚歌でほかの部門の誰も協力してくれないなど、 多くの苦労を経験 しているのが実情です。 今回は、このような問題に直面している方々に向けて、 DXの基礎知識、課題認識、 具体的な実践方法を解説し、 DXの正しい歩み方を提示していきます。
1. DXの本質
DXにおける最も重要なポイントは、 「業務の効率化」や「コスト削減」「品質向上」 などといった従来型の改善活動ではなく、 「企業・組織のあり方や、 そこで働く人々の意識・マインドセットを変革させること」 です。
前述した、 経済産業省のDX定義の前半にある「製品やサービス、ビジネスモデルを変革」 は、一般的に企業内でも認知されやすいようになっていますが、 忘れがちなの が後半の 「企業文化・風土・組織」 の変革です。 DXはデジタルとデータを使って、新しいサービスやビジネスモデルだけを生み出せばよいわけではありませ ん。 なぜならば、 人と組織 企業文化を変革しなければ、 情報のデジタルデー タ化 (デジタイゼーション)やデジタルデータを用いた効率化 (デジタライゼー ション)の活動が部門や業務領域ごとに、バラバラに行われ、 短期的な成果で 満足してしまう 「場当たり的なデジタル技術の適用」になりかねないからです。 持続的なDXを実現するために、 組織としてのビジョンと目標を共有し、組織・ 企業文化を醸成しながら、 短期と中長期の成果を両立させていくことが重要です。
DXフレームワーク
振り返ると、今まで変革できないでいたことが、 コロナ禍という外部要因で 一気に進んだ例も少なくありません。 DXをきっかけに、強い危機感を組織内 に醸成し、デジタルとデータを活用しながら、課題解決に本気でチャレンジし ていけば、企業文化の変革は確実に実現できるはずです。
2. 日本のDX推進の現在地
現在、日本国内では新たなビジネスモデル、 企業文化を生み出す手段として、 DXの重要性が多くの企業で認識され、 具体的な施策を進めている企業も多い 反面、 大きな成果にはまだ結びついていないという状況も見られています。 こ れから日本のDX推進の現状を客観視した上で、その現在地や課題感を正しく 認識しておきましょう。
世界デジタル競争力ランキング(2017~2021年)
スイスのビジネススクール IMDが公表した2021年の 「世界デジタル競争力 ランキング」 で、 日本の総合順位は64カ国・地域のうち28位です。 2017年 にこの調査を始めてからの最低を更新して、 主要先進7カ国のうち6位に位置 し、中国や韓国、台湾などの東アジア諸国・地域との格差もより鮮明になって います。 指標別に見てみると、 DXに欠かせない「デジタル技術スキル」 (62 位)、「ビッグデータやデータ分析の活用」 (63位) が特に低評価です。 日本の デジタル活用がうまくいっていないことは、世界的な調査でも明らかです。
DX成功率が1桁台の日本企業
この3つの調査結果は、全く同じ評価の基準で判定しているわけではないため、 当然ばらつきはあるものの、総じて言えば、 成功率はわずか1桁台であること が分かります。言い換えれば、100社がDXに挑戦すれば、 その変革に成功す る企業は10社にも満たず、 日本企業のDXは期待以上に進んでいない実態が 浮き彫りとなっています。
では、日本の企業はなぜ思うようにDXが進んでいないのか、 それを阻む壁 はどこにあるのかと考えた際に、 そこに立ちはだかる3つの “壁”、 「①データ 利活用の失敗」 「②レガシーシステムの呪縛」 「③ デジタル人材不足」 という課 題が共通して見られます。
3. DX実践を進めるステップ
DXは単発的な取り組みではなく、 「終わりのない旅」 として捉えることが 重要です。 前節で述べた、ハンコを電子署名にするなど、 アナログからデジタ ルへの移行の第1段階のデジタイゼーションがあってから、 その後にデジタル を用いて付加価値を生み出す第2段階のデジタライゼーションがあります。 そ して、第3段階のDXはその付加価値の創造を永続的に回すために、組織を立 ち上げ、企業文化を継続して変革する必要があります。 DXの本質である企業 文化の変革には終わりがないため、 DXも終わりがないのです。
その一方で、 経営層の大号令で始まったDXの旅の途中で挫折してしまう企業が驚くほど多いです。 そのひとつの原因がDXの進め方に対する理解不足で す。 DX推進を本格的にスタートさせる前に、 DXの進め方を理解し、しかる べき準備運動をしておくことが重要です。 具体的に、 DX にまつわる5W1H、 つまり、「なぜDX が自社に必要なのか」 の Why を起点にし、 DXを通じて、「ど のような姿を目指すのか」 の Where、 そして 「どのような体制でどの事業領 域を対象にするのか」 のWho と What、最終的に「どういう時間軸でどのよ うな手段で実行するのか」 の When と How、 この5つの問いかけをクリアに していくのがDXを進める上で重要なことです。
この5W1Hの問いかけに対して、 「DXビジョン」「DX戦略」 「DX戦術」 の 3つの概念を意識しつつ、「①意識・動機づけ」 「②方向づけ」 「③戦略策定」 「④トライアンドエラー」の4つのステップに分けて答えを出していきます。これ からそれぞれのステップを見ていきましょう。
3.1. 動機・意識づけ
最初の「動機・意識づけ」 のステップ (Why) は、 なぜDX を推進しなけれ ばならないかといった目的を全社社員に共有し、 意識 動機づけをさせる段階 です。 全社一丸となって、 DX変革の旅を歩んでいくためには、明確なビジョ ンが欠かせません。 山登りを例に取ると、ビジョンを描くことは 「登る山を決 める」ことであり、自分たちの登りたい山を決めないで歩くのはさまように等 しいです。 このステップでは 「なぜ、その山を登るのか」という目的を明確に していくことです。 DXの文脈に置き換えると、 DXビジョンとは、 「なぜ、自 社にとってDXが必要なのか (Why)」の目的を明確にするものです。
DXは往々にして多くのステークホルダーと組織を巻き込んで推進しなけれ ばならないので、組織の間の利害関係などが複雑になりがちです。 そのため、 企業全体では 「なぜ、DXという山を登るのか」というビジョンの策定・共有 がされていなければ、ゴールとする行き先を簡単に見失うことになります。例 えば、「ツールを検証するための実証実験 (PoC) が繰り返し実施されている のに、業務部門では一向に実用化できない」「DXは会社からIT部門や変革推 進の専門組織に丸投げされ、業務部門の誰も協力してくれない四面楚歌の状況になっている」といったDX実践にまつわる現場の問題の多くは、 DX ビジョ ンの不明確および意識 動機づけの不十分さに大きな原因があると考えられま す。 DXの活動を始める前に、ステークホルダーに意識・動機づけをさせるこ とで、「なぜ、その山を登るのか」 を伝わっている状態にするのがDX実践の 第一歩です。
3.2. 方向づけ
次の「方向づけ」 のステップ (Where) では、 「なぜ、 その山を登るのか」 という動機をクリアにした後に、 DXを通して「どの山を目指すのか」を示して、 DXビジョン (ありたい姿) を具体的に描くことになります。 その前に、一般 的な概念であるビジョンと戦略、戦術の関係と違いを理解しておくことが大事 です。 次の図で示しているように、「どの山を目指すのか」というビジョン(方 向づけ)が定まってなければ、「どのように山頂を目指すか」 という戦略(つまり、 ビジョンを達成するための道筋) が全く語れません。 戦略と戦術も同じような 関係で、 上位概念である戦略を定めてない戦術が存在しないことと同じです。
では、具体的に、DXビジョンをどう描いていくのか、 そのポイントを押さえておきましょう。 まず、 DXは企業の経営理念を達成する手段にすぎないという大前提を認識しなければなりません。 次の図のように、経営理念を実現す るためにDXビジョンがあり、DXビジョンを成し遂げるためにDX戦略があり、 DX戦略を実現するためにDX戦術があるという構造の階層関係になります。 つまり、DXの推進では、抽象的で定性的な経営理念からDXビジョンを策定し、 そしてDXビジョンからDX戦略、 DX 戦術を導き出していくプロセスが欠かせません。
具体的に、どのように経営理念からDXビジョンに導き出すのか、 富士フイ ルムグループを例にとって紹介しましょう。 富士フイルムは、21世紀に入る までフィルム事業で成長してきた企業です。 そのフィルム事業はかつて、 同社 の売上の6割、利益の3分の2を占める屋台骨になっていたにもかかわらず、 写真フィルムの世界需要は2000年をピークに急減し、10年に10分の1以下 にまで激減しました。 そんな本業を喪失する危機を察知した富士フイルムは、 写真フィルムで培った技術を活かして、液晶の偏光板保護フィルムや医療機器、 医薬品など事業を多角化し、多分野で世界トップシェアの製品を生み出すこと に成功したのです。
3.3. 戦略策定
目指すべきDXビジョンが明確になると、後続の 「戦略策定」 のステップに入っていきます。ここで、「DX戦略」とは何かについて考えてみましょう。 前節で紹介したDX定義を踏まえて、 DX戦略は次のように定義できます。
DX戦略とは 「企業が競争力を維持・強化するため (Why) に、デー タとデジタル技術 (How) を活用し、 製品・サービス、 組織、 業務 プロセス等 (What Who) を変革する ( Do what) ための行動計画 とアプローチのこと。
つまり、前述したDXビジョンへ到達するために、 戦略策定のステップでは、 行動計画とアプローチを立案し、「誰がどのような体制で (Who) で、 どの事 業領域を重点的に取り組むことか (What)」 を明確にすることです。 DX ビジネスとは異なり、 DX戦略には具体性が求められるため、 一定の精度で将来の 予測が可能な3年~5年の期間を定めて策定することが多いです。 また、 DXの 本質が企業文化の変革であるため、 中期経営計画といった企業全体の経営戦略 との整合性もとっておかなくてはなりません。 それでは、 DX戦略の策定は具体的にどのように進めたらよいのかというと、「現状把握」 「外部環境分析」「実 行方針の策定」 「ロードマップの策定」の4つのステップを踏まえて進めてい くのが一般的です。
3.4. トライアンドエラー
いよいよ、 DX実践の最後の「トライアンドエラー」のステップ (When、 How) となります。 このステップは、 DXの戦略を踏まえて、 戦術を明確にして、 具体的な施策を打ち出していきます。 DX戦略を実現するための施策を試みて、 トライアンドエラーを繰り返しながら目的に近づいていくプロセスとなります。 DX施策の実行にあたって、 「リーン・スタートアップ」 という考え方を取り 入れておくのがポイントです。 その背景には、 新型コロナウイルスといった感 染症などの疾病や台風、地震などの災害、データとAI技術の急激な進化により、 世の中の変化を予測しにくくなっていることがあります。 この先もどのように 変化していくのか、予測が難しい状況と言えるでしょう。 こうした不確実性に 素早く、 効率よく対応するために、無駄を排除しつつも変化に強いアプローチ が世の中に求められています。 その際に、多くの先進的企業がたどり着いた答 えはリーンスタートアップという思想です。 リーンスタートアップは、米国の起業家エリックリース氏によって 2008年に提唱された、 新しいビジネスを創出するためのモデルです。 元々リー ン・スタートアップの言葉自体は「無駄がない」という意味の「リーン(lean)」 と、 「起業」を意味する「スタートアップ (startup)」 の組み合わせからでき上がっ ています。 リーンスタートアップの基本的な考え方は、新しい製品やサービ スを生み出す試みを 「必要最小限の製品」 (Minimum Viable Product) として、 コストをかけずに小さく始め、これに対する市場またはユーザーの反応を分析 しつつ、「新しい試みが成功するのか」 「改良の余地があるのか」 を早期に判断 し、何度もトライアンドエラーで軌道修正を繰り返すことです。 具体的に、次 の図のように、「①構築」 「②計測」 「③学習」というサイクルが短期間で素早 く繰り返されるイメージとなります。
「構築」 とはアイデアが思い付いた段階でまず必要最小限でトライアルして みることです。 「計測」 では、 でき上がった製品やサービスに対して、 市場、 顧客がどのような反応を見せているのかをデータで確認・分析します。 「学習」 ではそのデータに基づき、 どうすればもっと顧客に受け入れてもらえるかを考 えて、改善していきます。 また、 学習の段階で成功可能性が低いと判断すれば、 できるだけ少ないコストで割り切って撤退することもできます。 リーンスター トアップの取り組みは 「Quick & Dirty」 (多少完成度は低くても構わないから、 極力早くカタチにする) のようなスピード感が最も重要です。言い換えると、 スピードさえあれば何とかなるという考え方です。 なぜならば、アイデアをい ち早くトライし、先手を早く打てるというだけでなく、 撤退、あるいは軌道修 正にも早く着手できるようになるからです。 こうしたリーン・スタートアップ のエッセンスをDXの施策に取り入れて、 トライアンドエラーを繰り返しなが ら、最適解を導き出すことがDX実行段階のポイントです。
ここまでDXの歩み方の話をしてきました。 実は、 現場で散見されているのは、 「なぜ自社がDXを必要とするのか (Why)」 を十分に議論せずに、「どのような姿を目指すのか (Where)」 も曖昧なままで、 「どの手段 ツールを使うのか」 というHow の議論ばかりにこだわって先行され、いわゆる手段を目的化する ようなケースです。 こうした 「How」 から始めているケースは必ず途中で挫 折してしまい、結局のところ、 再び最初の 「動機・意識づけ (Why)」に立ち 戻って、 DXの目的やありたい姿の設定から再出発しなければならなくなると筆者が断言します。 従って、今まで紹介してきた 「動機・意識づけ(Why)」 や「方向づけ(Where)」 から始めて、 「なぜ、 この山を登るのか」や「どの 山を目指すのか」をクリアにした上で、 「戦略策定 (What Who)」 を行い、 「トライアンドエラー (When How)」 を繰り返し実行していくことがDXを 成功に導く鍵です。
まとめ
DXの先進事例のいずれも「データ」というキーワードが繰 り返し登場しているように、近年、しばしば耳にするようになった 「データド リブン経営」。 DXへの注目から、 データの重要性を実感するようになった方 も多いでしょう。
NALは、長年に渡り数多くの自社IPのデジタルワークプレース、デジタルアシスタント、RPAツールや働き方改革ツールなどのDXソリューションを開発し、ビジネス展開してきました。その経験に基づくDX実現のノウハウを活用し、DXの技術支援サービスとビジネス変革支援サービスの細かなコンサルティングを実施します。