ノーコードとは何を指しているのか、どういう意味で現在使用されて いるのかという言葉の定義について説明します。さらにノーコードの歴史につい て一番古いツールから順を追って紹介します。
1. ノーコードとは
最初にノーコードの定義について触れましょう。2020年5月現在、ノーコードとい う言葉は、定義が非常にあいまいになっています。簡単にITツールを利活用できるとい う文脈で、メディアなどで取り上げられたことにより、ノーコードと名付けられたツール が増加しているからです。
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ノーコードの定義は、ノンエンジニアがプログラミングすることなく、「ウェブアプリケーションを作ることができる」、そして「提供されている機能を自由に拡張できる」ことで「テクノロジーの恩恵を受けることができる」 ツールとします。
ノーコード進化の4世代
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2. ノーコードがブームになった背景
2.1. クラウド技術の一般化
クラウドコンピューティング(クラウド)とは、サーバーやデータをインターネット上に 配置して、ブラウザからアクセスして利用するシステム形態のことです。2006年に当 時のグーグルCEOであるエリック・シュミットが提唱し、それ以降、主にアマゾンやグーグル、マイクロソフトといった大手IT企業によって提供されています。
クラウドが一般化する前は、自社ビル内や郊外にあるサーバー専用のビル(データセン ター)にサーバーやデータを配置し、自社ネットワークからしかアクセスできない非常に 閉鎖的なシステムが主流でした。
しかし、セキュリティ技術の向上も相まって、クラウドはどんどん一般化します。 最初は個人情報以外のデータ、例えば紙媒体でも公開されている企業や行政の情報や、 ゲームやエンタメのコンテンツが公開されていました。しかし、徐々に社内業務に関する 機密データや個人情報を含むデータもクラウド上に保存されていきます。そこには、デー タの管理コストが増大し、自社だけでセキュリティへ投資するのが難しくなったため、大 手IT企業の専門的な知識を持つエンジニア集団に管理を任せるほうが効率的になったと いう事情もありました。
一般の利用者も、住民票をコンビニのプリンターで出力したり、インターネットでログ インすればさまざまな情報を取得できたりするようになります。情報がインターネット上 のどこからでもアクセス可能な環境になることの大きなメリットを享受し、それが当たり 前の世の中になりました。
このクラウド技術の一般化は、ノーコードの流行の大きな転換点です。
それまでもウェブサイトを作るノーコードツールはありましたが、そのウェブサイトを 公開するには、サーバーが必要でした。クラウド技術が普及する前は、自分でサーバーを 購入するか、高価なレンタルサーバーを借りて難解な設定をするしかなく、いずれも高度 な専門知識が要求されました。
しかし、クラウド上にノーコードツールがあれば、ユーザー登録すればすぐに使えて、 作ったものをすぐに公開できます。もちろん小難しい専門知識やサーバーを購入する資金 などは必要ありません。
2.2. SaaS 利活用の浸透
アプリを共有して使うことには、一つの大きな問題があります。それは個人情 報や機密データをインターネット上に保存しなければならないという、個人情報保護の問 題です。SaaSが広まる前は、個人情報をネットにアップするなんてありえない考え方でした。現在40代以上の方だと、10代の若者がティックトック (Tik Tok) に顔出しで動 画をアップすることに違和感を持つ方も多いと思います。それほど、個人情報の公開には慎重でした。 SaaSの利活用が浸透したことで、「セキュリティ」よりも「利便性」を取る、という 考え方に変わりました。もちろん最大限のセキュリティ対策を採ることは大前提ですが、 個人情報をインターネット上に保存するという心理的障壁は、「利便性」によって払拭され たわけです。
ノーコードが普及するためには、すべての情報がインターネット上にあり、それを誰で もどこからでもアクセスして加工ができる利便性が必要です。SaaSの利活用が浸透し 、その素地ができました。
2.3. APIエコシステム
SaaSの浸透は、APIエコシステムの発展も促しました。APIとはアプリケー ション・プログラミング・インターフェースの略称で、いわゆる「データの受付窓口」です。 例えば大手銀行で用意されている銀行APIがあります。プログラムから口座情報とネッ トバンキングの情報を、用意されたURL (受付窓口)に送信すると、該当者の残高情報が返信されてくるという仕組みです。
これの何がいいかというと、例えばLINEのプログラムから情報を送信すると、残高 照会がチャットで返信されるという機能が実現できます。あたかもLINEと銀行が同じ アプリにあるような、使いやすい機能です。それにもかかわらず、APIを使う側(この 例だとLINE株式会社)は、必要最低限のプログラムを書くだけで済みます。一方でAPI を作る側(この例だと銀行)は、自分たちでLINEを作るコストを払わずに、LINEと 連携ができます。
APIはみなさんも毎日使っています。SNSでログインする機能、複数メディアの ニュースを一覧表示するニュースアプリ、グーグル・カレンダー連携、天気予報の表示な ども裏側ではAPIを使用しています。
2.4. 社会の複雑化によるニッチサービス需要
ここまではノーコードのブームを支える技術的側面を説明しましたが、続いて、ノーコー ドのブームを支える社会的側面についてご説明します。
現在の社会は、多様性の受容が進むにつれて、どんどん複雑になっています。昭和世代 が当たり前としていた家族形態や仕事観、人生観などの日々の生活に関する価値観が大き く変化しています。 平成を経て、令和になり、その価値観がどんどん多様化し、同一の価 値観を有する小さいグループが無数にある状況です。
多様な価値観を受け入れる社会において、大量消費的な商品やサービスは受け入れられ なくなります。誰しもが自分に合う商品やサービスを求めるようになってきています。こ のように需要が個別化し、一つ一つの規模が小さい市場のことを「ニッチ市場」と呼びま すが、社会が複雑化することにより、需要があるサービスもよりニッチになっていきます。
2.5. IT人材の不足
経済産業省が2018年に発行したDXレポートでは、IT人材の不足が約43万人に なる予測が示されています。これは2015年の約17万人に比べて約2・5倍です。 理 由は二つあります。一つは、50代のエンジニアが大量に退職し、その分を補填するだけ の20代エンジニアが少ないこと。もう一つは、国際的にデジタル化の競争が激化する中 で、国内の需要が増加することです。
2020年末時点では、政府がデジタル庁(仮称)を創設して行政サービスのデジタル化 を目標にしたり、ITコンサルティング会社やリサーチ会社がDX(デジタルトランスフォー メーション)を謳ってビジネスを展開し、顧客ビジネスのデジタル化を推進したりしていま す。しかし、どれも国際水準に合わせたデジタル化の動きであって、それに伴う人材育成ができていない状況です。
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IT職というのは技術職です。一般的には、数年かけてITエンジニアリングの仕事を 経験して、知見やノウハウを蓄積し、それを活用する職種です。今日人材を育成し始めた からといって、半年後に優秀な人材が大量に市場に出てくることはありません。
さらに、現在不足しているIT人材とは、DXを推進できる高度な専門性を持つ人材で す。プログラミングや設計はもちろん、顧客課題のITシステムへの落とし込みや、AI やIoTなどの先端技術の利活用も含まれます。このように経営から現場まで理解してⅠ Tで実装できる人材は、一朝一夕に出来上がるわけではなく、現時点ですぐにIT人材市 場に供給されることはないでしょう。
IT人材が大量に供給される見込みがなく、現場のIT人材のタスクが増加する中にお いて必要なのは、生産性の向上です。ここでいう生産性の向上とは、ブラックに働くなど の根性論ではなく、既存のIT人材が行う必要のないタスクはお金を払って省略化し、本 当に必要な部分だけに時間をかけることです。ここでノーコードの力が発揮されます。
優秀なIT人材が、やらなくてもいいような作業はたくさんあります。これらをノーコード化することで、優秀なIT人材は、より高度な企業の事業戦略に関 わるDXを推進する立場で本来のスキルや能力を発揮することができます。
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2.6. コミュニティの強い後押し
これまであった新しいテクノロジーの流行と異なり、ノーコードはコミュニティが大き く、その結束が強いといえます。国内で例を挙げると、筆者が所属するノーコードキャン プは2百名以上(2020年12月時点)の参加者がおり、月に5千円という安くない金額を 払い、自分たちでノーコードを活用したサービスを作って、 情報発信しています。国内の オンラインサロンは、有名人のサロンオーナーが一方通行で情報提供する、もしくは一部 の参加者がサロンオーナーとともに何かを作るということが多いようです。しかし、ノー コードキャンプはアクティブ率が非常に高く、サロンオーナーとの交流だけではなく、参 加者同士の交流も多く、個人の熱量が高いと感じます。 開始半年後には百を超えるサービスがノーコードで開発され、リリースされています。
海外のコミュニティも同様です。例えば、ノーコードファウンダーズというコミュニティ があります。ここには世界中のノーコードツール自体の開発者、およびノーコードを活用 している開発者が3千名以上(2020年12月時点)参加しています。毎週のように新しい ツールが紹介され、ベータ版テストのフィードバックやアイデアへの意見、ツールの活用 方法など毎日濃い議論が交わされています。参加者の居住地も多種多様で、欧米だけでは なく、東南アジアやアフリカ、南米など広い地域から集まっています。
強いコミュニティになっている理由の一つは、これまでのテクノロジーと比較して、ノ ンエンジニアが参加する障壁が低いことです。多くの参加者は、サービスを作りたいビジ ネスパーソンです。これまでいいアイデアがあったにも関わらず、エンジニアが近くにい ないことで実現しなかったモヤモヤが、一気に爆発した印象があります。
3. ノーコードの分類と特徴
ノーコードは、さまざまな機能や特徴を持ったツールの総称です。 全く同一の 機能を持つノーコードツールというのは一つもありません。そして、一つひとつ のノーコードツールは特徴が違います。本節では、各ツールを機能や役割ごとに 大まかなグループに分類し、それぞれの特徴について説明します。
ノーコードツールの分類
3.1. ウェブデザイン系
最初の分類は、「ウェブデザイン」です。プログラミングでいうところの、フロントエン ドにあたります。HTMLやCSS、アニメーション動作を担当するジャバスクリプトな どがそれにあたります。ウェブデザインを担うノーコードツールは、画面上で好きな画像やロゴ、文字をマウス操作で配置し、保存するとウェブサイトとして公開される機能を持っ ています。さらにはブログを書けるような機能(CMS)を備えているものもあります。
ウェブデザインといっても、画像やロゴなどのいわゆるイラストやクリエイティブは作 れないことが多いです。そのため、フォトショップやイラストレーターのように従来デザ インやクリエイティブ制作を担当していたツールは引き続き使用する必要があります。
ウェブデザインの分類で一番先行しているツールが「ウェブフロー(Webflow)」 です。 ウェブフローは2013年にアメリカのサンフランシスコで誕生したノーコードツールで す。操作感はほとんどパワーポイントのスライド作成と同じで、ウェブサイトを構成する さまざまな部品群の一覧から、好きな部品を選択し、白いキャンバスに配置していきます。 写真やイラストは事前に準備し、アップロードして指定します。 部品配置を繰り返してい スライドが完成するように、ウェブフローでも配置の繰り返しでウェブサイトが完成 します。
3.2. データ管理系
ウェブデザインは画面表示の部分を担いますが、画面から入力された情報を保存する機 能や、画面表示に必要な情報だけを取り出す機能は、 データベースが担います。二つ目の 分類は「データ管理」です。 データを管理するノーコードは昔からたくさんあります。
エアテーブルが生み出したデータ管理ノーコード市場は、現在多くのスタートアップが 参入しています。エアテーブル自身も2020年9月に大規模な資金調達をし、時価評価 額は3千億円に近づきました。データ管理はウェブアプリ全体の基幹となる機能なので、 今後もより多様で堅牢なツールが出てくると期待されています。
3.3. タスク自動化系
ウェブデザイン系が画面表示、データ管理系がデータ保存の役割を担う中で、タスク自 動化系ノーコードは表示とデータ管理の間にあるすべての処理を担います。具体例として、
フォーム機能をイメージしてください。フォームの入力画面から、名前やメールアドレス、内容を入力し、送信します。その直後にデータベースに送信されたデータが保存されます。 しかし、入力→保存の間で、送信内容をメールで送りたい場合、これまでのノーコードツー ルだけだと実現できません。自動メール機能は、画面にもデータベースにもないので、タスク自動化処理を入力→保存の間に設定する必要があります。
プログラミング経験がある方は、ビジネスロジックや処理ロジックといわれる部分をイ メージしていただけるとわかりやすいと思います。例えば顧客データの誕生日から年齢を 算出して保存するロジックや、顧客データを保存したあとに、メールマガジンリストや購 入ポイントなどの複数のデータベースに登録するなどです。
3.4. オールインワン系
ここまで「ウェブデザイン」「データ保存」「タスク自動化」の三つの分類について説明してきました。ノーコードツールには、これらすべてを兼ね備えているオールインワン系と いうのもあります。オールインワン系のうち、主にウェブアプリ (ブラウザ経由で使用)の開 発で使用されるものを、「オールインワン系ウェブ開発ツール」といいます。一方でモバイ ルアプリ(スマホ経由で使用)の開発で使用されるものは、「オールインワン系モバイル開発「ツール」として区別します。
オールインワン系ウェブ開発ツールで一番有名なのは、「バブル (Bubble)」 です。 バブル は、2012年にアメリカ・ニューヨークでスタートした、ウェブアプリの標準的な機能 開発できるノーコードツールです。画面デザインは、ボタンや表データ、ファイルアッ プロードや文字などの部品群から、必要なものをドラッグ&ドロップしていけば完成しま す。 データ部分を担当するデータベース機能では、必要な項目を作成し、データ間の関係 や保存するデータ形式などを設定します。最後は、タスク自動化の部分です。例えば画面 デザインに名前入力欄と送信ボタンがあるとします。この送信ボタンに対して、ワークフロー (Workflow) という、ユーザーがそのボタンを押したら、どのように振る舞うかとい NoCode Shift う定義を設定できます。
3.5. オールインワン系特化ツール
オールインワン系の中には特化ツールという分類もあります。 ウェブデザインとデータ 保存、タスク自動化の機能を備えているものの、前述のオールインワン系ツールと比較して、特定の業務や業種、用途に特化しているノーコードツール群のことです。 特化ツールはたくさんあるのですが、わかりやすい代表例は「ショッピファイ (Shopify)」です。ショッピファイは2006年にカナダ・オタワでスタートした自社ECサイトを構築するノーコードツールです。ECサイトに必要なカート機能(商品を選択して購入かごに 入れる機能)や決済機能、運営側が使用する注文管理機能などが標準で提供されていて、デ ザインや表示項目などをマウスクリックで簡単に設定変更できます。 ここまでだとアマゾ ンや楽天市場、ヤフー!ショッピングといったモール型サイトと変わりません。しかし、 ショッピファイには「アプリ」という機能があり、例えばメルマガ機能やLINE連携機 能、ユーザーがどのような導線で購入に至ったかを追跡管理できる機能など、販売マーケ ティングに必要な機能を自由に追加できます。それ以外にもデザインを変更したり、在庫 管理を効率的に行ったり、SNSと連動して広告を出稿したりなど、執筆時点で5千を超 えるアプリが利用可能です。
ショッピファイが既存のECサイト構築ツールと区別されて、特化ツールといわれるの は、このアプリ機能のおかげです。これまでであれば、モール型のECサイトで提供され ている機能をそのまま使用するか、自社でシステム開発をしてECサイトを構築していま した。しかし、ショッピファイを使用すればノーコードで機能拡張も自由にできるのです。
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まとめ
これまでは、エンジニアの特権だったソフトウェア開発が、ノーコード/ローコードで多くの人の手に渡るようになった。このノーコード革命は、働き方や組織のあり方、そして私たちの生き方までも変える、そんなインパクトを持っている。