2024年10月、Gartnerは年次のIT Symposium/Xpoにおいて、今後数年間のビジネスとテクノロジーの方向性を決定づける「2026年の戦略的テクノロジートレンド トップ10」を発表しました。本レポートは、Gartnerが公開した同名のeBookおよび関連資料に基づき、その詳細と戦略的重要性を解説するものです。
GartnerのDistinguished VP AnalystであるGene Alvarez氏が指摘するように、2026年を見据えた世界では、破壊、イノベーション、そしてリスクが前例のない速度で加速しています。もはやAIは選択肢ではなく、ビジネス変革を駆動する必須の触媒です。今年のトレンドは、単一の能力では不十分な「AIが主導する超接続社会(An AI-powered, hyperconnected world)」の現実を反映しており、CIOやITリーダーが持続的な成長と競争優位性を確保するための戦略的必須事項として位置づけられています。
Gartnerはこれらの10のトレンドを、企業が価値を「革新し、競争し、保護する」方法を定義する3つの主要テーマに分類しています。
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The Architect(アーキテクト): 安全でスケーラブルなAI基盤の構築
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The Synthesist(シンセシスト): 多様なテクノロジーを統合し新たな価値を創出
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The Vanguard(ヴァンガード): 信頼、ガバナンス、セキュリティの向上

本稿では、これらのテーマに沿って各トレンドを深く掘り下げ、その定義、トレンド化の背景、今後の予測、そして企業が取るべきアクションプランを包括的に報告します。
テーマ1:The Architect(アーキテクト)- 安全でスケーラブルなAI基盤の構築
イノベーションとレジリエンスを加速させるため、テクノロジーリーダーはプラットフォームとインフラの近代化を迫られています。このテーマに属するトレンドは、AIが主導する超接続社会で成功するために不可欠な「スピード、セキュリティ、スケーラビリティ」を実現する、AI対応の基盤構築に焦点を当てています。
1. AIネイティブ開発プラットフォーム (AI-native development platforms)
定義: 生成AIを活用して、従来よりも迅速かつ容易にソフトウェアを開発するためのプラットフォーム。単一のプロンプトからソフトウェアを生成する「ワンショット」ツールから、専門知識がなくとも開発を可能にする「Vibeコーディング」、AIエージェントが連携してソフトウェアを構築するものまで多岐にわたります。

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トレンドの背景: CIOはソフトウェアデリバリーの高速化と生産性向上を熱望し、CEOやCFOはコスト削減の可能性を認識しています。これにより、企業は「ビルドかバイか」の選択において、より「ビルド」に傾斜できるようになります。例えば、2人1組の「タイニーチーム」5組が同時に5つのアプリケーションを開発するといった、少ないリソースでの多大な成果が期待されます。
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今後の予測 (What’s next):
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2030年までに、組織の**80%**が大規模なソフトウェアエンジニアリングチームを、より小規模なAI拡張チームへと進化させる。
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2030年までに、企業のアプリケーションポートフォリオの**40%**が、AIネイティブプラットフォームで構築されたカスタムアプリケーションを含むようになる(2025年の2%から増加)。
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アクションプラン:
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プラットフォームチームの設立: AIネイティブプラットフォームを管理し、AIモデルを選定する専門チームを編成する。
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セキュリティガードレールの実装: コードレビューとコンプライアンスチェックのためのAIガバナンスを統合し、リスクを低減する。
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パイロット開発の実施: 低リスクのプロジェクトから開始し、生産性の向上を実証して信頼を醸成する。
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2. AIスーパーコンピューティングプラットフォーム (AI supercomputing platforms)
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定義: 高度なAIモデルのトレーニングと実行に必要な莫大な処理能力を提供するプラットフォーム。HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)、専用プロセッサ、スケーラブルなアーキテクチャを組み合わせ、データ集約型のワークロードを処理します。

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トレンドの背景: 組織が開発するAIモデルがより大規模かつ複雑になるにつれて、従来のインフラストラクチャの限界を超えるようになり、AIスーパーコンピューティングへの需要が急増しています。
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今後の予測 (What’s next):
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2028年までに、企業の**40%**がハイブリッドコンピューティングアーキテクチャを採用する(現在の8%から増加)。
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2028年までに、20社以上のベンダーがスーパーコンピューティング環境を活用した統合開発者プラットフォームを提供する。
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アクションプラン:
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影響の大きいワークロードの特定: ハイブリッドオーケストレーションを用いたパイロットプロジェクトを実行し、価値を実証する。
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統合ソフトウェアスタックへの投資: 従来型システムと新興システムにまたがるオープンスタンダードを採用し、統合を簡素化する。
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段階的な統合戦略の策定: 新しいコンピューティングパラダイムを徐々に導入し、ITスタッフをトレーニングする。
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3. コンフィデンシャルコンピューティング (Confidential computing)
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定義: ハードウェアベースのTEE(信頼できる実行環境)を使用して、処理中のデータを保護する技術。これにより、クラウドプロバイダーを含む第三者からの不正アクセスを防止します。

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トレンドの背景: より厳格化するプライバシー法、データローカライゼーション規制、そしてAIの導入拡大により、「使用中のデータ保護」が不可欠になっています。機密性の高いワークロードにおいて、安全なクラウド戦略とコンプライアンスを両立させます。
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今後の予測 (What’s next):
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2029年までに、信頼できないインフラストラクチャでの処理の**75%**が、コンフィデンシャルコンピューティングによって保護されるようになる。
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アクションプラン:
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機密ワークロードの監査: プライバシーやローカライゼーション規制の対象となるワークロードを洗い出し、保護が必要な箇所を特定する。
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AIモデル向けTEEの試験導入: 独自開発およびオープンソースのAIモデルでTEEをテストし、機密性とIP保護を強化する。
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安全なコラボレーションの実現: 分析やBIプロジェクトでコンフィデンシャルコンピューティングを利用し、生データを公開することなくインサイトを共有する。
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テーマ2:The Synthesist(シンセシスト)- 多様なテクノロジーを統合し新たな価値を創出
新たな差別化要因を解き放つため、テクノロジーリーダーは専門モデル、マルチエージェントシステム、フィジカルAIを統合し、ドメイン固有のソリューションを構築する必要があります。このテーマは、多様なテクノロジーを統合して適応性のあるインテリジェントなエコシステムを創造し、ワークフロー、製品、体験全体のイノベーションを推進することに焦点を当てています。
4. マルチエージェントシステム (Multiagent systems – MAS)
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定義: 専門化された複数のAIエージェントが連携し、複雑なワークフローを完了させるシステム。各エージェントが特定のタスクを処理することで、単一のモノリシックなAIソリューションと比較して効率とスケーラビリティが向上します。

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トレンドの背景: 単一エージェントAIが多段階のプロセスに苦戦する中、MASはモジュール式の自動化とクロスプラットフォーム統合を可能にします。Gartnerによると、MASに関する問い合わせは2024年第1四半期から2025年第2四半期にかけて1,445%も急増しており、企業の関心が急速に高まっています。
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今後の予測 (What’s next):
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2027年までに、MASの**70%**が高度に専門化されたエージェントを使用し、精度は向上するが調整の複雑さも増大する。
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2028年までに、MASの**60%**がマルチベンダーの相互運用性をサポートし、イノベーションと柔軟性を促進する。
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アクションプラン:
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価値の高いユースケースの特定: MASパイロット向けに明確に定義されたワークフローから着手する。
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モジュール型エージェントの設計: モノリシックなソリューションではなく、専門化されたエージェントを構築する。
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ガバナンスと可観測性の実装: 強力なAPIガバナンスと監視ツールを適用し、リスクを管理する。
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5. ドメイン固有言語モデル (Domain-specific language models – DSLMs)
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定義: 特定の業界(金融、医療、人事など)やビジネス機能に特化したデータセットでトレーニングされたAIモデル。汎用的な大規模言語モデル(LLM)よりも高い精度とコンプライアンスを実現します。

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トレンドの背景: CIOはAIから測定可能なビジネス価値を引き出す必要があります。DSLMは、重要なワークフローにおけるエラーを削減し、導入を加速させ、コストを削減します。
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今後の予測 (What’s next):
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2028年までに、企業の生成AIモデルの60%以上がドメイン固有のものになる。
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2028年までに、生成AIワークロードの**30%**が、オンプレミスまたはオンデバイスでDSLMを実行するようになる。
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アクションプラン:
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影響の大きいユースケースの特定: 汎用LLMが性能を発揮できないワークフローをターゲットにする。
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データガバナンスの強化: 堅牢なプライバシーと品質管理を実装する。
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重要ドメインでの試験導入: 金融、医療、人事などのプロセスから開始し、測定可能なビジネス価値を実証する。
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6. フィジカルAI (Physical AI)
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定義: ロボット、ドローン、車両、スマートデバイスなどを通じて、現実世界に知能をもたらす技術。センサー、アクチュエーター、AIモデルを組み合わせて物理的なタスクを自動化します。

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トレンドの背景: 組織は、デジタルAIがもたらす生産性の向上を、物理的な環境にも適用したいと考えています。
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今後の予測 (What’s next):
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2028年までに、倉庫の**80%**がロボティクスまたは自動化を利用するようになる。
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2028年までに、AIベンダーのトップ10社のうち5社がフィジカルAI製品を提供する。
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アクションプラン:
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業務領域の監査: 自動化とコスト削減が可能な領域(物流、保守、安全管理など)を特定する。
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フィジカルAIシステムの試験導入: ライブ展開の前にシミュレーションやデジタルツインを活用し、性能とROIを検証する。
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部門横断チームの構築: IT、運用、エンジニアリング部門を計画段階から巻き込み、効果的なガバナンスと統合を実現する。
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テーマ3:The Vanguard(ヴァンガード)- 信頼、ガバナンス、セキュリティの向上
リスクと規制の監視が厳しくなる時代において、信頼は交渉の余地がありません。このテーマのトレンドは、プロアクティブなセキュリティ、透明性のあるガバナンス、デジタルの完全性を重視し、組織がAIとデジタルトランスフォーメーションを大規模に展開しながら、評判を保護し、コンプライアンスを確保し、ステークホルダーの信頼を維持することを可能にします。
7. プリエンプティブ(予防的)サイバーセキュリティ (Preemptive cybersecurity – PCS)
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定義: 高度なAI駆動技術を使用して、サイバー攻撃が発生する前にそれを予測、妨害、無力化するアプローチ。従来の検知・対応型のセキュリティから一歩進んだものです。

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トレンドの背景: AIを悪用した脅威は指数関数的に増大し、ネットワーク、アプリケーション、IoTシステムを標的にしています。プロアクティブな防御が普遍的な要件となるため、予防的対策を欠く技術製品は市場での relevance を失うでしょう。
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今後の予測 (What’s next):
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2030年までに、セキュリティソフトウェア支出の**50%**が予防的ソリューションに向けられる。
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2030年までに、文書化される脆弱性は年間100万件を超えると予想される。
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アクションプラン:
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現行セキュリティアーキテクチャの評価: ギャップを特定し、PCS投資の優先順位を決定する。
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高リスク領域でのPCSの試験導入: 予測的な脅威防止と欺瞞技術を実装し、リスク削減効果を測定する。
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ベンダー選定基準の定義: 将来性のあるPCS導入を確実にするため、ベンダーに予防的能力に関する詳細なロードマップを要求する。
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8. デジタルプロビナンス (Digital provenance)
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定義: ソフトウェア、データ、メディアの出所と完全性を検証する技術。部品表(BOM)、証明データベース、電子透かし(ウォーターマーキング)などのツールを使用します。これにより、サードパーティコンポーネントやAI生成コンテンツで構築されたシステムの透明性と信頼性を確保します。

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トレンドの背景: コードの改ざん、放棄されたオープンソースプロジェクト、ディープフェイクによる偽情報といったリスクが増大しています。EUのAI法のような規制要件も、AI生成コンテンツの出所追跡を義務付けています。
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今後の予測 (What’s next):
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EU AI法などの規制強化により、AI生成コンテンツに対する電子透かしと出所追跡が必須となる。
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アクションプラン:
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BOMの展開: ソフトウェアBOM(SBOM)および機械学習BOM(MLBOM)をAIモデルに実装する。
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証明データベースの実装: 暗号署名された出所の証拠を一元的に保存・管理する。
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偽情報対策ツールの導入: 合成アイデンティティ検出ツールを脅威検知・対応計画に統合する。
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9. AIセキュリティプラットフォーム (AI security platforms – AISPs)
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定義: サードパーティのAIサービスと自社開発のAIアプリケーションの両方を保護するための管理機能を統合・集約したプラットフォーム。プロンプトインジェクション、不正なエージェントの動作、データ漏洩といったAIネイティブのリスクに対応します。
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トレンドの背景: AIの導入が加速する中で、従来のセキュリティツールではAIワークフローを保護できなくなっています。

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今後の予測 (What’s next):
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2028年までに、企業の50%以上がAISPを導入する。
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不正なAIトランザクションの**80%**は、外部からの攻撃ではなく、内部のポリシー違反に起因するようになる。
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アクションプラン:
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AIリスクランドスケープの評価: AIネイティブのリスクをワークフロー全体でマッピングし、現在のセキュリティスタックのギャップを特定する。
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AISPソリューションの試験導入: リスクの高いAIサービスやカスタムアプリから開始し、有効性とROIを検証する。
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統合プラットフォームの優先: AI利用制御とアプリケーションセキュリティの両方をカバーするAISPを選択し、管理を簡素化する。
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10. ジオパトリエーション (Geopatriation)
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定義: 地政学的リスクを低減するために、グローバルなハイパースケールクラウドから、主権(ソブリン)クラウドや地域のローカル環境へワークロードを再配置すること。ソブリンクラウドリージョンへの再展開や、オンプレミスへのワークロード回帰などの戦略を含みます。
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トレンドの背景: 地政学的な不安定さや各国の規制強化により、組織はクラウドへの依存関係を再評価する必要に迫られています。

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今後の予測 (What’s next):
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2030年までに、企業の**75%**がワークロードのジオパトリエーションを実施する。
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ハイパースケーラーやローカルプロバイダーからのソブリンクラウドの提供が急速に拡大している。
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アクションプラン:
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ワークロードの重要度評価: 機密性や地政学的リスクに基づいてワークロードをスコアリングし、優先順位を決定する。
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ソブリンオプションの評価: ハイパースケーラーのソブリン向けサービスとローカルプロバイダーを比較検討する。
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ハイブリッド戦略の計画: ソブリンクラウドとオンプレミスまたはコロケーションを組み合わせ、レジリエンスとパフォーマンスを維持する。
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まとめと考察
Gartnerが提示した2026年の戦略的テクノロジートレンドは、単なる個別の技術革新ではなく、相互に深く関連し合う戦略的な集合体です。AIがビジネスのあらゆる側面に浸透する中で、企業は堅牢な「アーキテクト」として基盤を固め、多様な技術を組み合わせる「シンセシスト」として新たな価値を創造し、そして信頼と安全を守る「ヴァンガード」として未来を切り拓く必要があります。
これらのトレンドは、CIOやITリーダーに対し、技術的なシフトへの対応だけでなく、ビジネス戦略との連携、責任あるAIのスケーリング、地政学的・規制上の複雑さへの対応、そして自信を持った変革の主導を求めています。今すぐ行動を起こすことが、AIが主導する超接続社会で勝ち抜くための鍵となるでしょう。
出典:Gartner, Inc. 「Top 10 Strategic Technology Trends for 2026」

