頻発する納期遅延や予算オーバー、障害発生はプロジェクト管理の失敗に起因す ある部分が大きく、 その対応は急務だ。本章では、プロジェクト管理の具体的かつ現実的な改善プランを解説いたします。
我々ITエンジニアの世界は 武士が道場で稽古をするように、日々 技術力向上の研鑽を積むことはもちろん大切だ。しかし、組織的に有効な 「プロジェクト管理」を実践しなければ、1人1人の能力と努力が効率良くア ウトプットに結びつかない。
IT業界も一大産業に成長し、これからは企業レベル、個人レベルそれぞれ に競争が厳しくなることが予想される。 新しい競争の時代に打ち勝つためには、個人の技術を超えた科学的な手法が必要なのだ。 「自分はこんなに努力 したのにプロジェクトは失敗で・・・・・」という空しい経験を繰り返さないため にも、「プロジェクト管理」 というものを “先端技術” としてきちんと理解 して実践することにしよう。
現状をもっと厳しく認識する
プロジェクトとは、 「ある目的を実現するために一定期間チームを組み、 「活動すること」だ。 システム構築の仕事はルーチンワークではないし、 共同 作業となることが多いため、基本的にプロジェクトという形態で行なわれる。 プロジェクトの “成功” とは、 「決められた期間と予算内に、 目標どおりの 効果をもたらす品質の良いシステムを構築すること」である。 つまり、 納期 遅延や予算オーバー、 障害の発生などがあれば、 程度の差こそあれプロジェ クトは“失敗” ということになる。
ここで目を閉じて、 みなさんのまわりで最近実施されているプロジェクト を思い浮かべて、それらが成功しているかどうかを考えてほしい。 「仕様変 更が多くて納期が1ヶ月遅れた」 「仕様が膨れて予定よりコストが掛かった」 「協力会社の品質管理が甘く、 カットオーバー後も障害が発生している」 どの問題はあるものの、 「概ね成功しています」と胸を張って言える方も多 いかもしれない。しかし、 原因が客先にあろうが協力会社にあろうが、厳しい見方をすれば これらは“成功” とは言えない。 我々IT業界には、このような失敗を 「仕方 のないこと」と暗黙的に認める “ぬるま湯” 的な風潮がある。
その認識の甘さは製造業と比べれば明らかだ。 例えば自動車産業では、 新 車が予定の日に発売されなければ大問題となるし、少しでも欠陥があればリ コールの対象となってしまう。 また、果てしなきコスト削減の努力は、我々の大雑把なコスト意識とは比べるまでもない。 この大きな差は、単に仕事の 性質が違うために生じるものではない。 IT業界と比べれば十分に長い歴史の 中で、品質向上、コスト削減という創意工夫を積み重ねて今日の姿になって いるわけだ。
「自分たちの国際競争力がまったくない」という現状は本当に悔しい限りだ。でも、あきらめてはいけない。 家電や鉄鋼、 自動車など他の分野でも、圧倒的な劣勢の中から必死のがんばりで逆転してきた。
IT業界が現状から巻き返すための切り札は「プロジェクト管理」 ではないかと考える。 1つの目的をチームワーク良く成し遂げるというのは、 本来は日本人が得意の分野のはずだ。 製造業を見習い、 1人1人が現状をシビアに客観視できるようになれば、きっとそこからチャンスが生まれるだろう。
プロジェクト管理力を向上させるには
自分たちのプロジェク ト管理力を向上させるために、 表1のような 「7ステップの強化策」 を描いて みた。 この7ステップの取り組みは、1回やればいいというものではない。 図1 のようなPDCAサイクル (後述) をまわし、継続的に改善してゆくという取 り組みなので、 定常的な実施体制が必要だ。 以降では、各ステップの強化プ ランを掘り下げながら見ていく。
表1: プロジェクト管理力の7ステップの強化策
ステップ①: 問題点認識
最初に、自分たちが行なっているプロジェクト管理の問題点をきちんと認 識することにしよう。 「問題あり過ぎ!」 「全部問題だ!」 などと言う言葉も 聞こえてきそうだが、そんなふうに言っているだけでは何もはじまらない。 きちんと整理して客観的に把握することを第一歩としよう。
- プロジェクト管理の “あるべき姿”自分たちは何ができていないかを認識するためには、“あるべき姿” が見 えていないとはじまらない。 「目標」 と 「現実」のギャップが 「課題」とし て具現化されるわけだ。 どんな姿が良いかは、採用する開発方法論や自分た ちの置かれている状況により当然異なるが、本質的な部分は同じである。 “あるべき姿” をPMBOKの9つの知識エリア別に整理して、 表2のように チェックリスト形式にまとめてみた。 以下、これをベースに現状をチェック することにしよう。
- 自分たちのランクを知るまずは鉛筆を持って、 みなさんの関わっているプロジェクトを対象にして 評価を記入しよう。 そして3点、 △:2点、×:1点という配点で表2を 使って採点してみてほしい。 採点合計を計算して表3のランクと照合し、 自 分たちがどの程度きちんと管理できているのかを認識してみよう。「おみそれ」 や 「やるじゃん」 ランクの方は、かなりしっかり管理ができ ている。 あとは、現在しっかりできていない部分を1つ1つ改善することと、これらの成果を部門や会社全体へと広く浸透させることが課題だ。「こんなもん」 ランクの方も、落ち込むことはない。 今の日本IT業界では、 この程度の組織がほとんどだろう。このランクの場合、 現状に慣れてしまっ て問題意識を持ちにくいのが怖いところだ。 人まかせで安穏としてしまいが ちなので注意してほしい。そういう意味では、「ふははは」 ランクのほうが 逆にチャンスがあるかもしれない。 開き直りの精神でも構わないので、 自分 が先頭に立ってできるところから改革する気概を持とう。
プロジェクト管理力のランク
ステップ②:改善計画
さて、 自分たちがきちんと管理できていない箇所を認識できたら、 そこを 強化するための具体的なプランを立てよう。 表4は、ステップ①で洗い出し た問題点に対して改善プランを整理したもののサンプルだ。 ここでのポイン トは、問題点に対する対策だけでなく、 その対策を実現するための具体的な ツールの作成も計画する点だ。 ツールの作成担当者も決めてしまい、 作成期 も明記すれば、迅速にことが運ぶはずだ。「プロジェクト計画書を作成していない」ということを問題 点として掲げ、その対策として 「プロジェクト計画書の作成を義務付ける」 という方針を立てている。 そして、それを実現するための具体的ツールとし て「プロジェクト計画書」のテンプレートを作成することにしている。
「見積もり算出基準がはっきりしていないので、人により大きく見積もり がぶれる」という問題点に対しては、「開発ツール単位の見積もり算出基準 を作成する」ことと「開発終了時に実績をフィードバックして基準を見直す」 という2つの対策を立て、「見積もり基準書」 と 「工数実績報告書」 をテンプ レートとして作成する。ステップ② ではこのような表を作成して、 プロジェクト管理力強化のために何をなすべきかを具体的にする。
ステップ③: ツール作成
プロジェクト管理力の強化策もここからが正念場だ。 ステップ ③ では、表 4で定めた管理ツール(テンプレート)を実際に作成する。ツール作成のポ イントは、「全体でまとめる」ことと「簡単に使える」ことだ。
- プロジェクト管理手法としてまとめる
せっかくプロジェクト管理力を強化するために労力をかけるのだから、バ ラバラにツールを作成するのではなく、 「プロジェクト管理手法」としてま とめられるような体系だったものにしよう。こういうときに役立つのが PMBOKだ。 PMBOKの管理体系をベースにまとめれば、「計画」で必要な ツールと 「監視 管理」 で必要なツールをきちんと分けて整理することがで きる。
- 誰でも簡単に使えるツールとする
アウトプットの厳密性を考えるあまり、やたら入力項目が多いツールを 作っては意味がない。 ツールは、 「使ってもらってなんぼ」の世界だからだ。 複雑すぎるもの、 面倒なものは、 結局誰も使ってくれなくなる。 最初はある 程度目をつぶって、必要最低限の項目だけを入れれば済むようにしよう。
また、どう書けば良いか分からないというツールも困りものだ。 何を書け ば良いかの補足説明を付けたり、 記入例をPDFにして社内Webで公開したり して、誰でも迷わずにきちんと書けるようにしてあげる必要がある。 「ツー ルを作ったから使え」 という姿勢ではなく、 「みなさんのためにツールを用 意したので使ってください」 というサービス精神でいこう (ただし、嫌とは 言わせないが••••・・)。
ステップ④:普及策決定
ここまでのステップで、 1 問題点を認識し、②それを改善するプランを立て、 ③実行するためのツールを作成した。 次のステップ ④ では、これを組織 全体で使うための普及策を考える。 「資格を取る」 などという個人の目標と違い、「プロジェクト管理力を強化「する」という試みは組織的な目標になる。 そのため、ステップ① 〜 7 を実践 して組織力をアップするために 「プロジェクト管理強化委員会」などの社内 プロジェクトチームを発足し、 各部門のメンバーから人を出してもらうケー スも多いだろう。「これができていない」 「こうしょう」などの熱い議論を交 わし、納得のゆく改善プランができたとして、それをどう普及徹底させる かが大きな問題だ。プロジェクト管理の難しさは、まさにこのステップにあ る。どんなに効率的な管理手法を策定したとしても、それを誰も使おうとし なければ 「絵に描いた餅」 「宝の持ち腐れ」になってしまう。プロジェクト管理強化チームの改善プランを現場に普及させるためのポイ ントは、権限を与えることだ。
委員会に権限を与える
チームを発足するからには、組織のトップがその必要性を強く認識して るはずだ。トップ自らが委員長として先頭に立って旗振りをしてくれれば申 し分ないが、そうでない場合でも 「強制させる権限」を委員会に与えてもら うよう働きかけよう。 そのことをオフィシャルにして、 「理由なくルールを守 らないものは罰する」という強い態度で臨まなければ、なかなか普及しない。
ステップ⑤:リーダー育成
さて、ステップ ④で普及促進プランを策定し、あとは実行あるのみだが、 最 初に行なうことは管理者の育成である。 組織管理のところで「リーダー教育を 「行なっているか」というチェック項目があったが、今のIT業界ではきちんとし たリーダー教育を受けずにプロジェクトリーダーになっている例が多い。
プロジェクトリーダーに対する教育、啓蒙活動では、単に管理手法を説明 するという技術面だけではなく、 なぜプロジェクト管理が大切かというメン タル面も重要なのだ。 半期に1度くらいのペースで、 新任のリーダーと表2の 実施状況の悪いリーダーに対して、リーダーの心構えとやるべきことを伝え るようにしよう。
ステップ⑥: 実行
さて、リーダーもその気になって、現場のマネージャもやらなければとい う意識が芽生えた。 あとは実行あるのみだ。 ステップで計画したとおりの スケジュールで地道に根気良く実施してほしい。
ここでのポイントは「毅然として」 「粘り強く」 ということに尽きる。現 場から不平不満があがったり泣き落としが入ったとしても、メジャーリーグ の審判のように毅然とした態度で接することにしよう。 正義はこちらの手に あるのだから、安易な妥協は禁物だ。 それが相手のためと信じ、 自信を持っ て説得し続けてほしい。
ステップ⑦: 評価・レビュー
プロジェクト管理力は間違いなく企業力となる。 オラクルマスターの資格 取得者が多いとかJavaエンジニアがたくさんいるとか、とかく数値で見える ものに目を奪われがちだが、本当の強さとはプロジェクト管理力のような 合的なものだ。
では、企業のプロジェクト管理力とはどういうものなのだろうか。もちろん、PDCAサイクルを回しながらブラッシュアップされたテンプレートや管理手法が武器になることは明白だ。
しかし、本当のところは、管理サイクルをスパイラル状に絶えずまわすことにより現場部門の意識が高まり、効率的なプロジェクト管理ができて行く という過程が、真の強さにつながるのだ。
成功のために
さて、本章の鉄則をもう一度確認しておこう。
- プロジェクト管理力を鍛えるために、合理的な強化プランを立てる
- 自社の現状を見つめなおし、改善のための具体的プランを立てる
まとめ
プロジェクト管理に関する話は当たり前のことばかりなので、正直なとこ ろ「そんなこと知っているよ」 という感想を持つだろう。 「飲みすぎは身体 に悪い」 とか 「夜更かしはやめましょう」 などというのと同じことだ。 しか し、その当たり前を誰も実践できていないことが深刻な問題なのだ。 そこで 最初に、 「プロジェクト管理とは」 というよくあるテーマではなく、「どう やったら組織のプロジェクト管理力をアップできるか」というアプローチに 重点を置いて話をした。
NALでは、現在プロジェクト管理能力を向上するために「プロジェクト管理入門」について社内で授業を行なっております。
詳しくはNALまでお問い合わせください。