なぜ、いまDXが必要なのか
「2025年の崖」で12兆円の経済損失!?!?!
2018年9月に経済産業省(以下、経産省)から「DXレポート」という報告書が 発表されました。副題には「ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な 「展開」と記されています。
DXとは、デジタルトランスフォーメーションの略で、このレポートは「デジタルト ランスフォーメーションに向けた研究会」の議論を踏まえた成果として経産省がまとめ たものです。
デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)とは、文字どおり訳せば、デジタ ル化による構造の変化、再編、改革です。2004年にスウェーデン・ウメオ大学のエ リック・ストルターマン教授が提唱しました。
ストルターマン教授は「情報技術とよき人生」という論文の中で、「ほとんどの人々 の究極の関心は、よき人生を送るための機会と能力をもつことである」として、DXは その可能性を秘めた技術だと述べています。
つまり、DXとは人生や生活をよくする情報技術ということですが、必ずしも情報通信だけではなく、次世代の新技術を取り入れたコンセプトです。言葉自体、よく耳にす るようになってきたと思いますし、関連書籍も続々と発行されつつあります。その一方 で、しっかりとした定義が定着したとはいえないようです。読者のみなさんは、DXの 内容と意味をどこまでおわかりでしょうか。
DXレポートの「経営層の危機意識とコミットにおける課題」という項にある文章を もとに記しますが、「多くの経営者が、将来の成長、競争力強化のために、新たなデジ タル技術を活用して新たなビジネスモデルを創出・柔軟に変化し続ける」ことがDXだ と筆者は考えています。単なるIT化との違いもそこにあります。
経産省はこのDXレポートで、DXを含めた業務改革を企業が断行できなければ、日 本経済において2025年以降、年間で最大12兆円の経済損失が生じる可能性があると 試算しています。
2019年度における東京都の全予算規模が約15兆円ですから、毎年東京都に近い規 模のマーケットが一つずつ失われていくということになります。これを「2025年の 嵐」と、レポートでは呼んでいます。この試算が当たるかどうかはさておき、かなりの 衝撃であることは間違いありません。
そして、これは大手企業だけでなく、 中堅・中小企業にとっても同じだけの打 撃を与えます。いや、場合によっては体 力のない企業ならば吹き飛ばされて消え てしまうほどのパワーだということに気 づいていただきたいと思います。
「崖」というと、真っ逆さまに落ちて いくイメージですが、筆者は大手も中小 企業もDXにまったく対応しようとしな ければ、崖というより坂道を転げ落ちる ように売上を落としていくことになると 考えています。
ただし、企業の規模や業態によってD Xへの取り組み方も自ずと違ってきます ので、「2025年の崖」というキーワ ードに踊らされるのはよくありません。
企業によって崖のタイミングは異なるからです(図表1)。
レポートでは、約8割の企業がいわゆる「レガシーシステム」を抱えており、約7割 の企業がそれをDXの足かせと感じていることを指摘し、憂慮しています。
一般的にはレガシーというと、先人が残してくれた遺産というポジティブな意味で使 われることが多いのですが、ITの世界では逆に「時代遅れの老朽化した」システムと いうネガティブな意味になります。
レガシーシステムに明確な定義はありませんが、一般的には20~30年も前につくられ たメインフレームやオフコン(オフィスコンピュータ)をベースとした独自仕様で、自 運用型(オンプレミス)のシステムを指します。また、使い物にならなくなった一昔 前のパッケージソフトを意味することもあります。
金融業界などでは、いまだにメインフレームがシステムを支えていますし、中堅・中 小企業でも、早くからIT化に取り組んだ企業ほど、オフコンベースの古い業務システ ムを20年以上使い続けているというケースも珍しくありません。
ですから、レポートで指摘するようなレガシーシステムによってまるで崖から突き落 とされるという警告はちょっと言い過ぎでしょう。レガシーを活かしながら新しいクラ ウド型のアプリケーションサービスを活用する手段もあるからです。 レガシーシステムを悪者扱いするのではなく、自社にとって何が崖なのかを見極めることが重要だと思います。
レガシーシステムより問題な事業のビジョン
よく見られるのは、レガシーシステムであることにさえ気づいていないケースです。 当社で中小企業のお客様のシステムコンサルティングを実施すると、意外と多くの企業 レガシー問題を考えていないことに驚きます。つまり、古くてもちゃんと動いている し、いまは困っていないから、システムのリニューアルなど考えたこともないというわけです。
とくにかつてシステム構築に関わった創業経営者だと、開発当初はかなり大きな投資 をしたので、いまさら全面リニューアルなど考えられないし、古いと認めたくないとい 思いもあるかもしれません。たしかに自社用につくり込まれたレガシーシステムは使いやすくて、ある意味で効率的な場合もあります。
これから、なぜDXに取り組むべきなのかをお伝えしていくなかでもこの話は出てきますが、要するに自社として、「今後どうしていきたいのか、どのようなビジョンや社会 への貢献の仕方を目指すのか」次第なのです。その大きな目標を実現するためにどのよ うなシステムやIT機器を使えばいいのか判断することこそがDXの手順なのです。もし、現状のレガシーシステムを使って、その目標を達成できると考えるならば、それを 温存しつつ顧客との接点を支える新システムとうまくつなぐ設計を考えればよいのです。 当社(筆者)は、中堅・中小企業をおもな顧客とする数少ない独立系のシステムコン サルティング会社です。 自社でシステム開発をしないことも特徴です。そのため、お客 様からご相談を受けたときに、全面的なリニューアルの必要がなければおすすめはしま せん。しかし、コンサルティング会社の中には自社でシステム開発を請け負いたいがた めに、レガシーシステムをすべて廃棄することをすすめるところもあるようです。
業界の商習慣によって旧来のレガシーシステムを使い続けなければならないこともあ ります。たとえば、百貨店業界では「売上仕入れ」という仕入れ形態があります。 取引 先が納入した商品が百貨店の店頭で売れたときに仕入れとする取引です。つまり、販売 されるまで、その商品の所有権や保管責任は取引先にあるのです。こうした商習慣は特 異なもので、一般的な販売管理システムでは対応できない製品も多々存在します。
百貨店側は仕入れリスクを負わないメリットがありますが、実は納入するメーカーに とっても価格や売場を自由に変えることができるメリットがあるのです。百貨店に買い 取られたら値下げして販売されるおそれもあり、メーカーのブランド戦略として売上仕 入れが使われている面もあります。
何が言いたいかというと、業界の特殊な商習慣にも意味はあり、一概に否定はできないということです。
とはいえ、小売でよくあるオムニチャネルなどを実現していくうえで、レガシーシス テムが足かせになるような事例をよく見かけますが、レガシーシステムが足かせになっ ていると感じているのなら、ためらいなくリニューアルするべきです。いまやIT・シ ステムはコストではなくて投資だからです。ITと事業とはもはや分かちがたく、新た な事業や戦略を実行するのにIT投資は必須です。古いサーバやシステムを使っていること自体が問題なのではなく、古い業務のやり方にすがりついていることこそがレガシーであるということです。
DXレポートでは、このままレガシーシステムを放置すると、2025年にはシステ ムの維持管理費が高額化し、IT予算の9割以上に達すると警告しています。これを「技 「術的負債」と呼んでいますが、そうなるとIT予算が投資ではなく固定費となり、戦略的なデジタル化戦略は難しくなるでしょう。
そうしたときにシステムトラブルが起きて、事業が一時停止となれば、自社の信用問 題にもつながるでしょう。「システムはいま動いているから大丈夫」と思わず、絶えず リスクをはらんでいることを想定するべきです。
レガシー化状況を測るチェックポイント
企業によってレガシーが足かせになっているかどうかのタイミングは異なるわけですが、ここで、自社がレガシー化している かどうかのチェックポイントをお伝えし ましょう。 マーケティング分析でよく使 われる「3C」で、ポイントを見ていき ます。3Cとは、カスタマー(顧客)、 コンペティター(競合)、カンパニー(自 社)です(図表2)。
|図表2|3C分析
活用のポイント
① 顧客や競合の動向 に対して、自社の戦 略が適合しているか を評価し、改善ポイ ントを明らかにする
②顧客や競合の動向 から、ビジネスチャン スを見つけ出し、自社を成長させる
第一のチェックポイントとして、カス タマーから見ていきます。カスタマーは BtoB(企業対企業)とBtoC(企 業対消費者)に分けられ、このうちBtoBでは、取引先がどれだけデジタル化 を進めているかがポイントになります。 もし、納入先がビジネスや企業間取引・ 契約において、EC(電子商取引)やE DI (電子データ交換)を進めているのに、自社がその流れに乗り遅れ、次節で 述べるようにファックスや電話で伝票類 をやりとりしているならば、納入先は遅 かれ早かれデジタル化への移行を要請してくるはずです。
経済産業省による2018年度 『我が国におけるデータ駆動型社会に係わる基盤整備(電子商取引に関する市場調査)』 報告書(図表3)によれば、日本のBtoBにおける市場のEC化率は約30%に達しました。前年度より規模が拡大した 業種は、上位から卸売、輸送用機械、繊 維・日用品・化学、電気・情報関連機器となっています。
14年から比べると3.7%増とさほど 大きくないように見えますが、今後は大手企業中心に急速にEC化が進むと予想 されています。また、この1~2年で契 約作業をクラウド上で完結してしまう電 子契約が増え始めており、 弁護士ドットコムという会社では「クラウドサイン」 サービスを提供しています。今後、契約 は紙からデジタルへ移行するでしょう。 次に、BtoCでは、もっと動きが速 く、消費税の10%増税によるポイント還 元の後押しもあり、消費者のキャッシュ レス決済は今後急増するものと思われま す。 カード戦略研究所代表の中村敬一氏 は、2017年の国内キャッシュレス決 済(クレジットカード、デビットカード、 プリペイド・電子マネー決済など) 比率 は約2%で、2年には約30%と10%アップすると予測しています。
EC化も進んでおり、前述の「電子商取引に関する市場調査」によれば、物販におけ EC化率は1年で6・2%です。10年には2.84%だったことから、過去8年で2倍 以上になりました(図表4)。スマートフォン(スマホ)経由の取引も急増しており、 約35%を占めるまでになっています。スマホの普及状況を見ると、今後もスマホ経由の ECが増えると思われます。
第二のチェックポイントとして、コンペティターで考えると、気づかないうちに、E CやDX化を進めている競合企業にビジネスシェアを取られている可能性があります。典型的なのは旅行業界です。
2010年時点で、世界の旅行会社の取扱額ランキング(ユーロモニターインターナ ショナル発表)は、1位がカールソン・ワゴンリー・トラベル、2位がエクスペディア、 3位がトゥイ、4位がアメリカン・エキスプレス、5位がトーマスクック、6位がJT Bでした。2位のエクスペディアはECを主体とするOTA(オンライン・トラベル・ エージェント)ですが、残りはすべて店舗をもち、対面の取引を行なうリアルエージェ ントでした。
ところが7年後の1年には、1位がエクスペディア、2位がプライスライン、3位が シートリップとOTAが上位3社を占め、しかも4位以下のリアルエージェントを大き く引き離してしまいました。日本の誇るJTBは10位に転落。1年9月にはヨーロッパ 最古の旅行代理店、トーマスクック・グループがいきなり破綻したことは記憶に新しい でしょう。
民泊で有名になったエアビーアンドビーも7位に食い込み、旅行業界の勢力図は完全 EC取引に取って代わられてしまいました。取引方法が電子化しただけでなく、エア ビーのように個人と個人を結ぶ新たなビジネスモデルも生まれてきたのです。
小売業界に目を向ければ、アマゾンドットコムはいつの間にか世界規模で巨大化し、 その影響を受けた大手の量販店が続々とつぶれています。玩具販売のトイザらスは、18 年に破産を申請して米国内の全店舗を閉鎖。有名百貨店のシアーズも同じ年に破産しま した。その影響力は「アマゾンエフェクト(効果)」と呼ばれており、既存産業を破壊 するアマゾンのような新興企業を「デジタル・ディスラプター(デジタルの破壊者)」 といいます。
競合というより、業界全体がデジタル化に移行し、既存産業が消えていった例も少なくありません。よく例に挙げられるのが写真業界です。銀塩フィルムを使った写真から 急速にデジタル化が進み、その流れに乗り損ねたコダックは12年に倒産しました。しか し、同じくフィルムメーカー大手だった富士フイルムは、いち早くデジタルカメラ製造 を手がけてフィルム事業から撤退、さらに医薬品、医療機器、化粧品に業態拡大して好 調を維持しています。 大企業といえどもいかに経営者の判断が存亡を左右するかという 証拠です。同様に音楽業界でも、CD販売というリアルビジネスが、アップル社のダウ ンロードによる楽曲ごとの個別販売という新ビジネスの登場によって駆逐され、06年に はタワーレコードが倒産しました。
日本の中古販売ビジネスにおいても新興勢力が次々と登場しています。もともと質屋 や中古品店が営む旧態依然たる業界で、愛知県から出てきたコメ兵が、リサイクルショ ップの名で中古品を売りやすく、買いやすい形に変えて全国に店舗展開しました。
インターネットが普及し始めると、1999年からヤフーがネットを使ったオークシ ョン販売「Yahoo!オークション」(ヤフオク)をスタートし、たちまち拡大しま した。ところが、2013年からスマホによるフリーマーケット(フリマアプリ「メ 「ルカリ」のサービスが始まると、その簡便さからたちまち人気を得て、ヤフオクを脅か す存在になりました。
しかし、そのメルカリより一歩先に進んだサービスとして話題になったのが、17年6 月にITベンチャーのパンクが開始した「CASH」(キャッシュ)というアプリです。 これは要らなくなったモノをスマホで撮影してサイトに送ると一瞬で査定され、商品を 送ったら現金を受け取れるというサービスです。自分で値付けをしたり、買い手とやり とりする必要がなく、モノが現金化されるというので人気を博しました。 メルカリでは 出品数が増えて、簡単に売れなくなり、「メルカリ疲れ」が起きているという声もあり ます。どんなに新しいビジネスも油断しているとたちまち飽きられてしまうリスクがあ るのです。
旧態依然とした業務を当たり前と思うことがレガシー化
レガシー化状況を測るチェックポイントの第三がカンパニーです。つまり、自社自身 の問題です。まず指摘したいのが、労働者人口の減少です。総務省の2017年度版『情 報通信白書』によると、日本の生産年齢人口は、すでに1995年をピークに減少して おり、2015年には7629万人(15~6歳)、30年には6875万人、60年にはなんと4793万人まで減ると推計されて います(図表5)。
しかも、三大都市圏への人口流出が続 くと考えると、それ以外の地方における 生産年齢人口の減少はもっと深刻になる ものと思われます。地方から若者がいな くなるのです。
そうなると、これまでのように人手に 頼った企業経営はできなくなります。 人 手不足をITで補うことは必然的です。 ITを活用すれば人手を増やさずにビジ ネスも拡大できるのです。少なくとも成 長を目指す企業なら規模の大小にかかわ らず、IT投資は必要であり、いま手を 打たないと手遅れになるでしょう。
すでにIT投資をしている企業でもシステムがレガシー化していると、システム機能の追加開発や別システムとのデータ連携 がしにくくなり、周辺のシステムを横断する業務やシステムを横串でデータ分析をする 業務の効率が悪くなります。また、システムに使用されている技術そのものも陳腐化し、 それを利用する優位性がなくなります。さらに、システムを担当する技術者不足という 問題もあります。 現在、4~50代の技術者がそれぞれ半数以上という企業が約4割あり、 彼らがあと10~20年で定年を迎えると技術者不足でシステムの運用や改修ができなくな る可能性があります。
DXレポートでは、日本の企業のIT関連費用の8割は現行ビジネスおよびシステム の維持・運営(ラン・ザ・ビジネス)に割かれ、戦略的なIT投資ができていないと指 摘しています。しかし、それは経営者による長年のIT投資の放棄が原因であり、IT に対するあまりに低い意識と知識の問題でしょう。同レポートは、2年以上前の古い基 幹系システムを使っている企業が2割超、10~20年前のシステムが3割超あり、202 5年には2年以上前のシステムを使う企業の割合が6割に増えると予想しています。 20年に『ウインドウズ7』 のサポートが終了し、25年には『SAP ERP』 のサポ ート期限が切れます(後者は77年まで延長)。DXレポートでも「2025年の崖」と してこのことを警告しており、システム全体の見直しが必要としています。
システムだけでなく、経営者も従業員も旧態依然とした業務なのにそれを当たり前だ と思って問題意識を感じていないようならば、かなりレガシー化が進んだ状態にあると いえます。
その象徴がファックスです。もし、いまだに取引先と手書き伝票やファックスでやり とりしているようならば、近い将来、取引ができなくなる可能性もあります。このファ ックス問題は次節で詳しく解説します。
さすがに手書きではないものの、エクセルなど表計算ソフトを使ってシステムへ手作 業でデータ入力していたり、取引先とのやりとりに表計算ソフトを使っていたり、経営 者向けの集計資料を表計算ソフトで作成しているようだと要注意です。
データをいちいち手で入力していて従業員間の情報共有ができていない企業では、得てして営業活動も担当者任せで、現場の営業担当がそれぞれバラバラに顧客対応しています。こうした企業では優秀な営業担当者が一人抜けるだけで、優良顧客をそのままも っていかれて大きな取引を失うということにもなりかねません。
店舗販売の場合、来訪客の分析やマーケティングが重要な営業活動になるわけですが、 いまだに機械式のレジを使っている企業が少なくありません。 機械式ではすぐにデータ 収集分析できません。
よく、「うちの従業員は年寄りばかりだから、POSレジやタブレットは使えないん だよ」という経営者もいますが、実はいまや駅で切符を買うのも、ATMでおカネをお ろすのもタッチパネル式なので、高齢者でも意外とタブレットなどに抵抗感がないので す。むしろ機械式より、タッチ式のほうがわかりやすいかもしれません。
ある飲食店では、席数が数百席もあり予約の電話が鳴り止まない状況にもかかわらず、 つい最近まで電話と紙の台帳で予約管理をしていました。 予約管理の現場では、4人ほ どのオペレーターが座るデスクの真ん中に1冊の予約台帳を載せて、みな取り合うよう に記入していました。予約の電話が重なると、台帳をつけ終わるまで、お客様に待って もらうようなことも起こり、さすがに電子化しようということになって、ウェブシステ ムへの切り替えを進めました。 予約担当は高齢者の人が多く、使えるのかという不安は 当初ありましたが、結果的には何の問題もありませんでした。
紙の台帳ベースだったために、当然顧客管理もできておらず、常連のお客様は現場の 担当が顔と名前で判断して対応するような状況でした。電子化したことで、お客様が同 社の複数の店舗を利用していることがわかるなど、成果が出始めています。繁盛店なの で、いますぐ販促に利用するというわけではありませんが、業務の効率化は一気に進み、 今後マーケティングにも活用できるでしょう。
高齢者だからこそ紙の台帳でも対応できましたが、今後、幼少時からスマホやタブレ ットに親しんできたデジタルネイティブといわれるような若者が入社してくると、紙で の業務は敬遠され、退職者が増えるでしょう。若い人に働いてもらう環境づくりという 意味でもIT化やDXは必要です。
ファックスこそ日本の技術的負債
これだけインターネットやITが普及しているなかで、実は中小企業の受発注はいま だにファックスが主流を占めていると言ったら驚かれるでしょうか。ひょっとしたら読 者のみなさんの会社でも、一部でファックスを使っている場合があるかもしれません。
中小企業において、日本のサプライチェーンはいまだにファックス中心だといっても 過言ではありません。日本からファックスをなくしたら、ビジネスが止まるかもしれま せん。ファックスの利点は確かにありますが、商取引で今後もアナログを続けるならば、 膨大な無駄が解消できず、日本経済の生産性は上がらないでしょう。
なぜなら、ファックスを受け取った側が最新の受発注システムをもっていても、誰か が手作業でデータを入力しなければならないからです。そのとき、ミスも起きるかもし れないし、そもそも内容がわからなくていちいち確認するなどの作業も出てきます。
先ほど技術的負債の話をしましたが、レガシーシステムどころかファックスこそ日本 の技術的負債ではないでしょうか。
2016年度版『中小企業白書』によると、紙ではなくEDIというネットを介した 商取引を利用している中小企業は2013年度で全体の約55%でした。残りの45%はま だファックスか電話などによるアナログの取引を行なっているのです(図表6)。
もっと細かく見ていくと、年間事業収入が1億~2億円の製造業で、「1割未満の販 売先としかEDIを利用していない」企業は、約6割に達します。また、「1割未満の 調達先としかEDIを利用していない」 企業は8割弱にもなります(中小企業向け生産 管理システムを開発販売するエクス社が2014年度経産省「情報処理実態調査」を加工したデータより)。1割未満ですから、 おそらくEDIを行なっている販売先と 調達先が1社もないという企業が多く含 まれるはずです。
一方、「中小企業白書』によると、E DIの効果として、業務改革や業務効率 化に役立っていると答えた中小企業が約 7%、売上の拡大につながったという中 小企業が約35%にのぼります。EDIに 取り組むだけで、これだけの成果が上が るのです。EDIはDXの初期段階とし て導入するにはわかりやすい仕組みといえます。
「まだまだファックスで充分。 EDI なんてもう少し先でいい」と考えている 中小企業経営者がいるとすれば、次に記す花王の決断には青ざめるかもしれません。
花王の子会社で、業務用の洗剤やアメニティ用品を製造・販売する花王プロフェッシ ョナル・サービスは、レストランやホテル、病院など販売先に対してファックスによる 受注を廃止することに決定。 1年度までは東京を中心に実施し、20年度からは全国に拡 大する予定です。
同社の取引先は約5000で、かなり以前からEDIによる受注を受け付けていまし たが、それでも全体の6割がファックスによる注文のままでした。 ファックスの受信枚 数は1日なんと1400枚、社内システムへの入力作業をこれまでアウトソーシングし てきました。これらの取引先は同社にとってはお客様なので、おそらくじっと我慢して きたのでしょう。
しかし、ファックス内容を読み取ることができなかったり、白紙に商品名だけ書かれ たものが送られてくるなどの問題があると、最終的には営業担当が確認していました。 さらに商品のリニューアルによって商品コードが変わると、入力時にコードエラーが出 るなどの課題もありました。また従来、リニューアルのたびに商品コードを修正した発 注書をつくり、取引先に持参するなど、手間と時間を取られていました。
こうした事態に業を煮やした同社は、2017年から中小企業庁が公募する次世代企業間データ連携調査事業を利用して実証実験を始めました。インフォマートが提供する 「BtoBプラットフォーム受発注」というサービスを活用して、取引先のEDI移行 を実証しようというわけです。
その枠組みでは「中小企業共通EDI」を活用しました。 中小企業共通EDIとは、 中小企業庁がITに不慣れな中小企業でも低コストで簡単にEDIを導入できるように 標準化した仕組みです。花王としても、顧客に負担を強いてEDIを導入させることは できないので、導入コストはゼロで、使いやすいシステムを構築しようとしたのです。 実証実験はうまくいき、現在では花王の取引先は、パソコンやモバイル端末から簡単 に発注可能となり、花王側の手間も大幅に削減されるウィンウィンの状況になりました。 花王の報告書では、ファックスの利便性を認めつつも、この試みの意義をこう書いています。
「昨今のネット通販やスマートフォンアプリを活用したビジネスモデルが活況を呈し ている状況を鑑みれば手の打ちようはあると思う。革新的なアイデアと、それを活用し 経営基盤を強化したいと願う経営者とが出会えば『仕事の仕方』は変わるであろう。 そのような状況をBtoBの世界に習い、BtoCの世界にもいち早く普及させる為の 本実証検証は意味のあるトライアルであると評価したい」
つまり、消費者向けのITビジネスがこれほど盛り上がっているのだから、それに倣 って社の仕事の仕方や、企業同士の取引も変えていこうと言っているわけです。これは、 本記事でもみなさんにお伝えしたいことの一つです。
今後、花王のようなファックス廃止は増えていくでしょうし、その顧客ならまだしも、 仕事を受ける側であれば、「EDIに対応しない限り、取引を中止する」と宣言されて もおかしくありません。
アナログが楽だからと甘えていて、相手企業に大きな負担を強いていることも考えな いと大きなしっぺ返しを食うことにもなりかねません。むしろ、そのようなリスクを心 配するより、DXなどITや技術をうまく活用することで、事業や会社がより発展することを考えるべきでしょう。
ビジョンの実現のためにDXはある
前述したように、労働人口が減っていくなか、業務の効率化を進めるうえでも、新た な事業を展開するうえでも、システムなりITなりの利用は必須です。いまいる従業員にもっと有効に働いてもらうためにも、ITで代替できる業務を減らして、人は人がで きることに集中する。 そうならざるを得ないことは誰が考えてもわかるはずです。
しかし、「ITやDXを任せられる人材がいない」と言い訳する経営者は少なくあり ません。人材がいなければ、スカウトするか育てるしかありません。経営者自身の後継 者をDX担当の責任者に指名して勉強してもらうのもよいでしょうし、可能性をもった 若い人材を社内で探して育てる方法もあるでしょう。できるわけがないと思ってしまっ たらそこで終わりで、経営者が本気になって考えれば方法は見つかるはずです。
DXに取り組むと決めても、「自分は何もわからないから」と丸投げしていては効果 は望めません。経営者自身も技術の大まかな内容や流れをつかんで、自社の目標を達成 するにはどんな技術を活用できるかぐらいはわかっていないとDXは実現できないでしょう。
大企業と違って中小企業、とくにオーナー企業であれば、経営者は思い切った手を打 ち、事業をシフトすることができます。 既存事業に縛られる制約は比較的少ないオーナ 経営者が「今後5年は売上も利益も横ばいでいいから、第二創業を実現するぞ」と真 剣にリードすれば、社員もついてくるでしょう。
ここで、最新技術を使って会社を脱皮させることに成功した中小企業の事例を紹介し ておきましょう。神奈川県小田原市に本社を置くコイワイは、従業員数30名前後(関連 会社を含めると150名)。もともとありふれた鋳造会社でしたが、25歳で社長を継い 二代目の小岩井豊己社長が、2007年にドイツから高額な装置を購入しました。 それが「レーザー焼結積層工法(レーザー工法)」装置です。特殊な加工を施した砂 にレーザーを照射し、硬化させて砂型をつくる装置で、いわば砂型の3Dプリンターで す。国内初の快挙でした。
鋳造はまず成型品の原型(木型)を作成、その回りを砂で覆って砂型をつくります。 その砂型に上から金属を流し込んで成型品ができあがる。この工程は昔から変わらない 手間のかかる作業です。
レーザー工法ならば、木型から砂型組み立ての工程を一挙に省き、プリンターから出 型を加熱処理して固め、金属を流し込むだけです。複雑な形状でも短時間でつ くることができるのです。 通常の鋳物なら早くても2週間ですが、 コイワイではなんと 2~3日で納品しています。
他社が追随できないレベルに達したのは、決して装置を導入したからだけではありま せん。もともと同社が培ってきた砂型の技術やノウハウがあり、それに最新の3D技術を融合したから抜きん出た存在になったのです。
2012年からは砂型さえつくらず、金属粉末に加速した電子ビームを照射して直接、 部品を成する「3D金属粉末積層装置」を導入しました。これも国内初でした。
真空中で金属を溶かすため不純物が混ざらず、高密度で高品質の成型ができます。ま た、3Dなので、鋳造では難しかった複雑な形状が可能となり、医療用インプラントの 製造やロケットエンジン部品の試作を請け負っています。
こうした改革によって、かつては新卒どころか中途採用もままならなかった会社が、 いまでは毎年新卒新入社員を採用できるようになりました。
小岩井社長の果敢な挑戦に対して、政府や神奈川県小田原市も助成金を交付し、支 援してきました。 小岩井社長は、「ものづくりは食うためにやるものじゃないというこ とが、このごろ、ようやくわかった気がします。国の助成をもらってやってこられたの だから、社会にお返しをしなければ」と話しています。これこそまさにDXの意義だと いえるでしょう。
砂型がデジタルデータ化したことにより、アナログで砂型を組んでいたときよりも、 かなり再現性が高まったはずです。新しい工法の立ち上がりがスムーズだったポイント として、同社が培ってきた砂型の技術やノウハウがあったのは間違いないでしょうが、それが今後は従業員の頭の中にではなく、デジタルデータとして蓄積されていきます。 今後はより複雑な形状にも挑戦していくとのことで、いままでのノウハウにはない課 題にもぶつかっていくことになるでしょう。そのときに、蓄積されたデジタルデータを 分析し、精度の高い仮説を立てることで、他社よりも何倍も効率よく、新しい形状への 対応ができるようになっていくはずです。
このように、デジタル化が進むことで、先行者が優位に立ちやすくなります。 後手に 回ってしまうリスクは、こういったところにも潜んでいます。また、新しい分野に同社 が先行し取引を開始し、同社が利用していたEDIの導入などを進めていくと、その方 式がその業界でデファクトスタンダードになりやすくなります。もし、異なった方式で 取引のシステムを構築していた場合、この分野に参入するためには、それに対応するコ ストが必要になります。投資という意味では、先行者はリスクが大きい側面もあります が、先行者でなければ得られないリターンがあることも事実です。
コイワイの場合、まだ他社が追随できないのでオンリーワン企業として注目を浴びて おり、おそらく同業の鋳造メーカーでは同社を特別で珍しい事例と考え、自社の問題と はとらえない経営者が多いかもしれません。
しかし、もしレーザー工法が次第に広がり、装置の価格も下がっていくと、鋳造のビ ジネスモデルが一気に変わる可能性があるのです。これこそ「崖」であり、DXの必要 性なのです。業種・業態や企業それぞれに崖のタイミングは異なり、みな一様に202 5年に転がり落ち始めるわけではありません。
ビジネスモデルが変わり始めると、知らずしらず自社の競争力が失われていき、気づ いたときには手遅れになります。
崖というとき、レガシーシステムの問題とこのビジネスモデルの変化への適応の二つ の側面があると思います。新しいビジネスモデルが市場に受け入れられるかどうかは、 自社が儲かるとかシェアが高まるという話ではなく、顧客に寄り添い、満足度を上げる ことに尽きます。
筆者がサポートしたあるウェブ広告の会社では、従来、月ごとの契約で顧客の広告を 制作しアップロードしていました。しかし、それだけでは事業の発展性がないというの で、掲載した広告がクリックされて、エンドユーザーが閲覧したときに課金するビジネ スモデルを導入しようということになりました。しかも、広告主の求めるタイミングで 広告内容を変えたり、出広できるようにしたい。そのためには、サービスをクラウド化 する必要性がありました。
重要なことはクラウド化が先にあるわけではないということです。まず、顧客のニー ズに対して柔軟かつスピーディに応えたいというビジョンがあり、そのためには現状の システムでは制約が多すぎるので、DXを実現可能な適切な製品やサービス、技術を採 用していく。これがDX本来のありかたです。
DXで顧客満足度は向上する
マイクロソフト社が「オフィス365」というサブスクリプションサービスを始めた ことはご存じでしょう。サブスクリプションとは、月間や年間などで定額料金を払うと、 顧客は何度でも利用できるサービスです。サブスクリプションでは、パッケージを売る よりも管理が複雑になり、クラウドシステムが必要となります。今後、あらゆるビジネスシーンでサブスクリプションモデルが増えてくると考えられており、中堅・中小企業 も無関係ではいられなくなります。
店舗でも無人レジの導入が急速に増えています。 先日、ユニクロで買い物をしたら、 選んだ商品をカゴごとレジの下に入れて、ボタンを押すだけであっという間に集計してくれました。これは商品一つずつのタグにICチップと通信部品を兼ね備えたRFID が埋め込まれているからです。これこそ、IoT(インターネット・オブ・シングス= 物をつなぐインターネット)です。 RFIDはいまや数円台の価格になってきたので、 今後、こうした無人レジあるいは無人店舗は増えていくでしょう。
無人レジのおかげでレジ打ちをする必要がなくなり、試着や案内など店員が以前より こまめに接客してくれるようになりました。ITに任せるべきは任せて、人は人のやる べきことをやるという典型です。
また、RFIDと連動して、ビッグデータの収集・分析や、AI(人工知能)の活用 という方向へ進んでいくはずです。こうした、IoT、ビッグデータ、AIという技術 もDXを支える中心的技術になります。
こうした技術を駆使して顧客満足度を上げていくことは、BtoCに限らず、Bto Bでも同様で、人はデータの入力業務などに時間を取られるのではなく、顧客満足につ ながるような仕事に従事するべきで、実際、労働人口が減るなかでは、そうせざるを得 なくなるでしょう。
冒頭でも触れたキャッシュレス決済も、顧客満足度の向上という観点から活用できます。POSレジの定点観測では顧客の顔は見えませんが、キャッシュレス決済時にID で紐付けすると、顧客の行動が見えてきます。その分析で、顧客に何らかの利便性を提 供できれば、満足度を上げることができます。
顧客側もより個別で、より満足度の高いサービスを求めるようになるのは確実であり、 顧客の変化に企業側が気づかないうちに競合から置き去りにされるおそれもあります。
この顧客側の変化は、なんとなく見ていてはわからないので、それを判断する指標や データが必要ですが、まともにITに取り組んでいない企業がそうしたデータを整える ことは難しいでしょう。
端的にいえば、企業は中小規模でも管理会計を導入する必要があります。 財務会計は 株主や外部のステークホルダー向けや、税務申告のために行なう会計ですが、管理会計 経営に必要な会計数値を集め、分析するものです。 とくに予算管理と原価管理が大切 で、これらのデータをリアルタイムに把握するには基幹系システムが必要となります。 こうした新しい取り組みを進めるうえで大きな課題となるのが人材です。 野村総合研 究所システムコンサルティング事業本部の『図解CIOハンドブック改訂4版』(日経 BP社)などを参考にIT人材を大きく分類すると、企画が担える人材とITサービス を提供できる人材の2種類があります(図表7)。
|図表7IT人材の分類
分類 | 役割•業務 | |
IT企画人材
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ITストラテジスト | •全社のIT戦略・計画の策定および推進 •IT関連予算の策定・管理 |
ITビジネスリーダー | •業務改革・改善の推進支援 •全社のIT活用方針の立案 |
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ITアナリスト | •全社に関連するIT投資案件の起案 •投資対効果の検証 •全社に関連するシステム化計画策定 |
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ITサービス提供人材
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プロジェクトマネジャー | •プロジェクトの計画策定、立ち上げ •各種成果物の確認、承認 •QCD (品質・費用・納期) の管理 |
運用マネジャー | •運用管理とオペレーション、障害対応・管理 •本番環境にあるシステムの変更管理 |
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ITアーキテクト | •システムの全体構造(アーキテクチャ)の設計 •アーキテクチャ(アプリケーションやデータ構造など)の標準の策定 |
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アプリケーションエンジニア | •要件定義 •設計・開発 •保守・運用 |
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テクニカルエンジニア | •システム基盤方式設計、運用設計 •ハードウェアとソフトウェア製品の仕様検討、調達 |
企画が担える「IT企画人材」はⅠTストラテジスト、ITビジ ネスリーダー、ITアナリス トが該当し、「ITサービス 提供人材」はプロジェクトマ ネジャーや運用マネジャー、 ITアーキテクト、アプリケ ーションエンジニア、テクニ カルエンジニアが該当します。 DXの責任者になれるのは、 IT企画人材であり、単なる システムエンジニア(SE) では担うことはできません。 中堅・中小企業にこうした 人材がすでにいることはまれでしょう。外部から連れてくるのも難しい。一番は社内の人材をピックアップして育てることです。「うちにはそんな人材がいるわけがない」と 思い込んでいる経営者も多いようですが、社内公募してみると、意外にシステム好きな 人間が、とくに転職組の中にいることがあります。また、後継者にITについて勉強さ せる手もあります。
経営者は日頃から社員一人ひとりと密にコミュニケーションを取り、こうしたキーパ ーソンの目星をつけておく必要があります。必ずしも若い人に限らず、40~50代でもや る気のある人に託すべきです。IT人材についてはまた後ほど詳しくお話しします。
DXとはビジネスモデルのイノベーション
DXの定義については、さまざまな解釈がありますが、DXレポートではIT調査会 社のIDCジャパンの定義を引用しています。IDCではメインフレームを「第1のプ ラットフォーム」、クライアントサーバを「第2のプラットフォーム」と呼び、DXは「第 3のプラットフォーム」であると位置づけています。
第3のプラットフォームは、ソーシャル技術、モビリティ、アナリティクス/ビッグデータ、クラウド技術が基盤となり、その頭文字を取って「SMAC」と呼びます。こ のプラットフォームの上で、イノベーションを促進する技術 (アクセラレーター)とし て、IDCでは六つ挙げています。
●次世代セキュリティ
●AR(拡張現実)&VR(仮想現実)
●IoT
●コグニティブ(認知)/AI
●ロボティクス
●3Dプリンティング
IDCではDXの定義を「企業が第3のプラットフォームや新たなデジタル技術を活 用し、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルや価値を創出すること」としてい ます。
筆者は、すでに述べたとおり、「多くの経営者が、将来の成長、競争力強化のために、 新たなデジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを創出・柔軟に変化し続ける」ことがまさにDXだと考えています。
中堅・中小企業にとっては、新事業をDXによって立ち上げるというより、既存事業 とデジタルの掛け合わせが現実的な解となります。 しかも、クラウドサービス(あるい はSaaS=サービスとしてのソフトウェア)がこれだけ普及した現在、すでにあるサ ービスを使って安価にデジタル技術を取り込むことができます。
イノベーション理論を打ち立てた経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは、「イノベ ーションは既知と既知の掛け合わせである」と言っています。つまり、DXとは既知の デジタルを用いて既知のビジネスにイノベーションを起こすことなのです。
たとえば、新しい財貨製品・サービス)の生産であり、新しい生産方法の導入であ り(まさにコイワイの事例です)、新しい販売先の開拓であり、原料あるいは半製品の 新しい供給源の獲得であり、新しい組織の実現(独占の形成やその打破)などです。
端的にいえば、DXとはイノベーションそのものです。ただし、既知のビジネスのイ ノベーションであり、本記事ではITベンチャーなどデジタルネイティブのDXは議論の 対象外としています。あくまでも既存の事業や会社を成長させたいという中堅・中小企業のためのDXに議論を集中させています。
ここでDXをより詳しく構造的に分析していきましょう。 まずいえることは、DXで 重要なのはデジタルではなく、トランスフォーメーション(変革)だということです。 システムを導入して紙ベースを電子化するだけではIT化やデジタル化であって、新た な価値を生み出すトランスフォーメーションまで実現してはじめてDXといえるのです。 システムを入れたり、新技術を導入することが目的化してしまい、結局使いこなせなく なるというケースは昔から多くあり、DXでは同じ轍を踏まないようにしなければなりません。
それでは、単なるデジタル化からDXに至るにはどんなステップがあるのでしょうか。 本記事では3段階に定義しています。
まず第一に「デジタイゼーション」。これはアナログからデジタルへの置き換えで、 たとえていえば紙のコンサートチケットを電子化することです。
第二に「デジタライゼーション」は、ビジネスプロセスまで踏み込んだデジタル化を 指し、コンサートチケットの例でいえば、チケット代の請求から当日の本人確認までデ ジタル化することです。
第三の「DX」は、社会的に好影響を与えるような変革であり、たとえばチケットの ダフ屋行為を撲滅するような公認リセールシステムを構築することです。つまり、チケットビジネス全体を健全化するエコシステムまで踏み込んだ発想がDXだということで す。ちなみに、エコシステムとは、参加するさまざまなプレーヤーたちがお互いに協力 合って最適な事業環境をつくり出す仕組みです。
そして、重要なことは、DXは1回成功したら終わりというものではなく、継続的に 続けていくべきことで、変革し続けることが今後の企業の生き残りには必須なのです。
マイケル・ウェイド他の『DX実行戦略』(日本経済新聞出版社)には、こう書かれています。
「第1に、あまりに多くの企業が、『変革』を一過性の革命か何かのように捉えている。 最もよくある誤解は、変革は自分たちが耐えなければならない病気か何かであり、その プロセスをやり過ごせば、生まれ変わった姿で反対側から浮上できるというものだ。(中 略)『変革』は1回限りの出来事ではない。リーダーにとって最も重要で、かつ終わり のないタスクなのだ。ベンジャミン・フランクリンはこう言っている。 『変化を終わり にするとき、それはあなたが終わるときだ』」
同書はスイスのビジネススクールであるIMDと、ネットワーク機器製造大手のシス コが共同で設立したグローバルセンター・フォー・デジタルビジネス・トランスフォーメーション(DBTセンター)のメンバーによって書かれた本であり、同センターはDXの最先端研究拠点として、2017年以降、世界14か国で1000人以上のエグゼク ティブを調査し、同書に結果をまとめています。
その調査で「ビジネスモデル改革の頻度」について聞いた結果、25%が毎年と答え、 1~3年が4%にのぼりました。つまり、グローバルで競争する企業において、6割以 上のエグゼクティブが、少なくとも3年に1度はビジネスモデルを変えていく必要があ ると考えているわけです。
「それはグローバル企業のことで、対岸の火事」と考えている中堅・中小企業経営者 がいるなら、それは認識が甘いとしかいいようがありません。DXによる変化は一部だ けでなく、全世界に及びます。 何もせず放っておけば、自社の事業や体制はたちまち時 代遅れの産物になってしまうでしょう。
NALのDxソリューション:
NALのDX推進の成功事例の一つは、AIやローコードなどのテクノロジーを統合したスーパーアプリChatopsです。Chatopsはデジタルワークプレース、ビジネスマネージメント、デジタルアシスタント、SNSとの連携など、オールインワンの機能を提供し、組織内の効率化と統一性をサポートします。組織内にデジタルワークスペースの開発を検討している場合は、NALへお問い合わせ ください!