人間とAIは敵対するものではない。人間が得意なこととマシンにできることは大きく違います。人間はデータが少ない、または全くない状況でもうまく切り抜けられる一方で、マシンはデータが大量にある場合に高いパフォーマンスを発揮できます。企業はその両方の力を必要としていて、それらのコラボレーションこそ今後の時代には必要だろうと思います。
今までのように単純に業務効率化にAIを使うだけでは、ある程度のパフォーマンスの改善は期待できるとしても、いずれ頭打ちになります。人間とAIのコラボレーションを前提として、業務プロセス自体を変革させていくことが重要です。そこで、本記事では、このことについて詳しく検討しましょう!
1. AI時代における人間の役割
マシンは、繰り返しの作業や大量データの処理、定型化された作業など、得意とする作業を担当しています。一方、人間は、あいまいな情報の処理や難しい場面における意思決定、怒り心頭に発している顧客への対応など、得意とする分野を任されています。
こうした人間とマシンの「共存関係」を、「ビジネス変革の第3の波」と呼んでいます。
1.1. 第1の波~プロセスの標準化
この時代を先導したのはヘンリー・フォードで、製造工程を再構築して、組立ラインを誕生させました。また、プロセス全体を構成する個々のステップにおいて、計画と最適化、標準化が可能になり、大幅な生産性向上が実現しました。
1.2. 第2の波~プロセスの自動化
1970年代に始まり、1990年代のビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)の流行でピークを迎えました。コンピューターやデーターベース、各種のバックオフィス業務を自動化するソフトなどのIT技術が発展し、それらを活用して自分自身をつくりかえることに成功した企業が飛躍しました。
1.3. 第3の波~適応力のあるプロセス
第1第2の波を土台にして、組立ラインやコンピューターによって実現された初期の変革から、まったく新しい革新的な業務プロセスがもたらされます。多くのリーディングカンパニーは、自分たちの業務プロセスをより柔軟で、スピード感があり、従業員の行動、嗜好、ニーズに適応しています。この適応力を実現しているのは、仮説に基づいて定義された一連のステップではなく、リアルタイムのデータです。
※第3の波に乗るための「MELDSフレームワーク」
① マインドセット(Mind set):あるべき業務プロセスの想像
・人間がAIを改良し、スマートなマシンが人間にスーパーパワーを与える領域(ミッシング・ミドル)における仕事を再検討することで、ビジネスに対して従来とは根本的に異なるアプローチを考えます。
・経営者は、単なる業務プロセスの改善にとどまるのではなく、業務プロセスと仕事のあり方を根本的に再設計することにフォーカスします。
・AIを使って根本的に業務のやり方を再設計するためには、「発見と定義」「共創」「拡大と維持」のステップで検討していきます。
② 実験(Experimentation):実験デザイン
・AIをテストし、ミッシング・ミドルの観点からプロセスを再検討し、その規模を拡大していくために、業務プロセス内の様々な部分を積極的に観察します。
・経営者は、「AIで実験する」という文化を醸成します。
・業務プロセスを自社のビジネスの独自性に合わせて調整します。そのためには、自社の社員や文化を理解し、いつ、どのように実験すべきなのかを把握しておきます。
③ リーダーシップ(Leadership):人間とマシンのミックス文化をつくること
・最初の段階から、AIの責任ある使用にコミットします。
・経営者は、「責任あるAI」を実現するために、適切なリーダーシップを行使します。そのためには、AI導入に伴う信頼性、法律、倫理に関する問題に対応し、業務プロセス改革によって生まれる社会的影響を検討します。
・信頼感や合理性を醸成して、開発したソリューションを展開します。
④ データ(Data):データのサプライチェーンの設計
・インテリジェント・システムを動かすための「データ・サプライチェーン」を構築します。経営者は、自社のAI関連データに加え、広い範囲で利用可能なデータも含めて、データの重要性を認識します。
・データへの配慮は、最終的に行動を決定するため、以下に留意します。
⑤ スキル(Skill)
・ミッシング・ミドルにおいてプロセスを再構築するために、8つの「融合スキル」を積極的に開発します。
・マネージャーと従業員は、ミッシング・ミドルを活用した職場をデザインし、発展させることができます。
2. 人とマシンが協業できる領域「ミッシング・ミドル」とは?
AIが持つ力をフル活用するためには、企業は従業員の新しい役割を検討したり、人間とマシンの新しい共生関係を確立したり、経営に関する従来の概念を変えたり、仕事そのものの概念を一変するなどして、ミッシング・ミドルを埋めることの必要性を提言しています。
人間とマシンが得意とする領域を担当する「ミッシング・ミドル」
多くの古い仕事がその姿を変えつつあり、さらに人間とマシンのチームの周囲に、新しい仕事が生まれ始めています。人間とマシンの関係から生まれるそうした新しい仕事の多くが、人間だけの活動とマシンだけの活動の中間に存在し、今までの経済調査や雇用調査では見落とされていた領域「ミッシング・ミドル」において登場しています。
そこでは、人間とマシンは仕事をめぐって争う敵同士ではなく、共生するパートナーであり、より高いレベルのパフォーマンスを達成するために助け合います。企業は業務プロセスを見直し、人間とマシンが共に働くチームを活用することができます。ミッシング・ミドルというコンセプトは、AI時代においてどうすれば人間とマシンが協力してベストな関係を築けるかを教えてくれます。作業の両端の一方では、人間がマシンの支援と管理を行い、もう一方はマシンが人間にスーパーパワーを与えます。
→ ヒトとAIが互いの長所を活かした“協働”を目指しましょう!
・ヒトとAIが協働することで、単独時よりも高い成果が見込めます。
・ ヒトとAIの協働に向けては、互いの得意分野を活かした起用が重要です。
・ AIは、特定領域ではヒトを大きく越えるパフォーマンスを発揮するいわゆる”スペシャリスト”と言えます。
・その特徴を踏まえ、業務プロセスを改めて再構築することが肝要です。
3. マシンとの協業に必要な8つのスキル
「人間とAIとの協働」を主軸に、製造、サプライチェーン、会計、R&D、営業、マーケティングといった部署で、AIとどのように協働できるか、協働するために必要な8つの「融合スキル」を示しています。
3.1. 人間性回復
・人間同士でのやり取りや創造、意志決定など、再設計された業務プロセスにおいて、人間にしかできない作業を増やす能力。
・人間にしかできない作業や学習に費やす時間を増やすために、業務プロセスを再検討します。
・時間と労働を新しい形で捉えることを可能にし、「人間性回復」によってクリエイティブで全く新しい研究などのために時間を割けるようになります。
3.2. 定着化遂行
・人間とマシンの相互作用の目的とあり方が、個人やビジネス、社会の認識に沿ったものになるように、責任を持って構築する能力。
・個人や企業、社会のあり方に沿ったものになるように、人間とマシンのコラボレーションの目的と認識をつくります。
・AIによる変化の影響を受けるコミュニティのニーズや懸念を理解して対応し、従業員に対しては未来の働き方に対する明確なビジョンを描きます。
3.3. 判断プロセス統合
・マシンが何をすべきかわからなくなったときに、行動の方向性を決める判断力。
・マシンが持つ不確実性の中で、行動を選択します。
・推論モデルにおいて必要なビジネスあるいは倫理的コンテキストが不足した場合に備えて、人間はどこで、いつ、どのようにして介入すべきかを判断できるようにしておきます。
3.4. 合理的質問
・必要な知見を手に入れるために、様々な抽象度で、AIに適切な質問ができる能力。
・必要な知見を得るために、AIにどのような質問を投げかければ良いのかを理解しています。
・AIから得られた結果がおかしなものだったり、データのせいで結果が歪められていたりした場合に、それを察知する力も含まれます。
3.5. ボットを利用した能力拡張
・AIエージェントと共に働き、自分の能力を拡張して、業務プロセスと仕事上のキャリアにおけるスーパーパワーを手に入れる能力。
・AIエージェントとコラボレーションして、自分の能力を超えたパフォーマンスを発揮します。
・適切なツールがあることと効果的に使うのとは違い、仕事の品質と効率性を高めるために様々なボットを組み合わせて使いこなします。
3.6. 身体的かつ精神的融合
・プロセスを改善するために、AIエージェントと総合的(身体的かつ精神的)に融合する力。
・コラボレーションによる成果をさらに向上させることやAIエージェントのメンタルモデルを構築します。
・業務プロセスの再構築は、「マシンはいかに機能し、学習するか」というメンタルモデルを人間が理解し、さらにマシンが人間の行動に関するデータを活用して、インターフェースの改善を行う時に実現されます。
3.7. 相互学習
・AIエージェントと共に、お互いが新しいスキルを獲得できるような形でタスクを実施する能力。
AIが支援するプロセスにおいて、適切に行動できるようになるための適切な人間のトレーニングを整備する能力。
・AIエージェントに新しいスキルを教える一方で、AI支援型プロセスの中で上手く働けるようになるやり方を実地で身に着けます。
・人間とマシンの「従弟関係」に内在する力学を理解し、従弟制度を自社に合うように調整します。
また従業員には、AIを敵ではなく同僚として捉え、仕事に求められるスキルを学習するように促します。
3.8. 継続的再設計
・古いプロセスを自動化するものではなく、新しいプロセスやビジネスモデルをゼロからつくり上げる行為を規範として根付かせることができる能力。
・指数関数型の飛躍的なパフォーマンス改善を実現するために、作業やプロセス、ビジネスモデルを再構築する新しい方法を検討します。
・業務プロセスや従業員の役割とスキルセット、コアビジネスそのものの再設計に、徹底的に取り組むという姿勢を継続します。
4. 現場力を高めるための人間と AI のベストミックス
日本企業は現場力に強みがあるため、まずは現場視点・モノづくり視点からの AI 活用に取り組む傾向が強いです。したがって、現場力をさらに高めるための人間と AI のベストミックスに取り組むケースは数多く挙げられました。これらのケースは、人間と AI を結びつけ協働させるために、コミュニケーションと、技術(ツール)という 2 つの媒介手段を上手く用いているという点に特徴があります。
・人間と AI の媒介手段としてのコミュニケーション
現場における人間と AI の協働に取り組む企業では、社内のコミュニケーション、とりわけ部門横断的なコミュニケーションを活性化させる体制の構築が重要視されていました。また、この体制を機能させるためには、AI リテラシーに加えて、様々な部門を横断的に巻き込んでいこうとする熱意に溢れ、コミュニケーション能力にも優れた人材(研究会では「出る杭」人材と定義)の役割が重要であることも指摘されました。また、ベテランの知恵を AI に学習させることで、ベテランがさらに高次の技術を生み出すというスパイラルが回り、より強い現場を維持できるという指摘もなされました。
・人間と AI の媒介手段としての技術(ツール)
現場における人間と AI の協働を図るうえで、人間がストレスフリーに AI を使うための技術(ツール)が導入され始めています。ケーススタディでは、現場カイゼンを容易にするための AR(拡張現実)などのヒューマンインタフェースや、工場のスマート化を支援するためのプラットフォームの事例が紹介されました。なお、最近では、AI 活用の領域が、マニュファクチャリングの現場から、研究開発やマーケティングの現場へと広がりを見せており、デザイナーのインスピレーションを刺激する技術(ツール)も開発されつつあるというです。
まとめ
AIシステムは人間を置き換えるものではなく、人間の能力を高め、コラボレーションし、これまでに不可能であったレベルの生産性向上を実現してくれます。人間とマシンの「共存関係」という「ビジネス変革の第3の波」は新たな世界へと導き、そこでは人間とマシンが協力して、ビジネスにおけるパフォーマンスを桁違いに改善していく世界(ミッシング・ミドル)であるとしています。その世界で企業の成功を左右するのは、AIがもたらす影響の本質をリーダーが理解しているか否かです。