経済産業省が警告を発する「2025年の崖」が迫ってきています。企業のDX推進格差が大きくなる昨今、次の時代に生き残り、活躍できる企業であり続けるには何が必要なのでしょうか? ここではその対策をまとめた「DXレポート」の内容を踏まえ、2025年の崖を克服していくための方法を解説いたします。
2025年の崖とは?経済産業省のDXレポートで提起
「2025年の崖」は、経済産業省が2018年9月に発表した『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』に記された言葉です。あらゆる産業でデジタル技術を活用したパラダイムシフトが起きている中、多くの企業が漠然と感じていた危機感を具現化する表現として話題となりました。
2018年9月、「DXレポート」が訴えた危機感
2018年9月に経済産業省が発表した『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』には、多くの経営者が、将来の成長・競争力強化のためにデジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの創出などを推進するDXが必要であること理解しているものの、それを阻むものとして以下のような課題があると記されています。
- 既存システムが、事業部門ごとに構築されているため、全社横断的なデータ活用ができていない。
- 既存システムが、標準システムに過剰なアドオンやカスタマイズをして構築されているため、複雑化・ブラックボックス化されている。
- データ活用を実現するための既存システムの改修や、データ活用のための業務の見直し要求に対する現場の抵抗が大きい。
そして、この課題を克服できない場合、DXを実現できないだけでなく、2025年以降大きな経済損失が生じる可能性があることが「2025年の崖」として記されています。
引用:DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(経済産業省)
目安としての「DX推進指標」と「DX銘柄」
DXレポートの発行後、経済産業省は企業におけるDX推進を後押しすべく、企業への働きかけ、市場環境整備の両面から策を展開してきました。
企業内への働きかけとしては、「DX推進指標」による自己診断の促進やベンチマークの提示、市場環境整備としては、デジタルガバナンス・コードやDX認定、DX銘柄によるステークホルダーとの対話の促進、市場からの評価などが実施されています。
2019年7月に発表された「DX推進指標」は、DXレポートにおける指摘などを踏まえ企業がDXの推進に向けた現状や課題に対する認識を共有し、アクションにつなげるための気付きの機会を提供するものとして策定されています。
各企業が簡易な自己診断を行うことを可能とするものであり、各項目について、経営幹部、事業部門、DX部門、IT部門などが議論をしながら回答することを想定しており、DX推進のための経営のあり方、仕組みに関する定性・定量指標と、DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築に関する定性・定量指標から成り立っています。
「DX 推進指標」の構成(出典「DX 推進指標」とそのガイダンス 経済産業省(2019年7月))
DXとは
「DX」とは、デジタルトランスフォーメーションの略称で、2004年にスウェーデンにあるウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱した言葉です。当初は「ITの浸透が人々の暮らしをより良く変化させる」とされましたが、現在は「IT活用によって事業を革新する」というビジネス用語として使われるようになっています。
なお、経済産業省は後述する『DX推進ガイドライン』の中で、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。
DXレポートとは
「DXレポート」とは、経済産業省が2018年5月に設置した「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」がとりまとめたレポートを指します。経済産業省はその後、2020年8月にコロナ禍などによる社会環境・事業環境変化を受けて「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会(以下、DX研究会)」を新たに設置し、国内のDX推進に向け、新たなレポートやガイドライン、指標などを作成・公表しています。
2022年6月現在、DX研究会からは以下の3つのレポートが公表されています。
- 『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』(2018年9月)
- 『DXレポート2(中間取りまとめ)』(2020年12月)
- 『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』(2021年8月)
2025年の崖はなぜ提起された?DX推進における課題
DXレポートにおいて、なぜ「2025年の崖」が提起されたのか、その背景とDX推進における代表的な4つの課題について解説します。
経営層の戦略やコミットが不足
多くの企業経営者は、将来的な成長や競争力強化のためにDXが必須であることを認識しています。しかしその一方で、具体的にどのようにビジネスを変革していくかについては明確になっていない、あるいは模索中であることが多いと指摘されています。結果、トップからの「AIを使って何かできないか?」「蓄積されたビッグデータを活用したい」といった曖昧な指示によって、ビジネスの革新につながらないPoC(概念実証)が繰り返されているという現状があります。
レガシーシステムのブラックボックス化
老朽化したITシステムが複雑化、ブラックボックス化し、「レガシーシステム」としてDX推進の足かせとなっていることも大きな課題の1つです。レガシーシステムは「ドキュメントが整理されておらず内部構造を誰も把握できていない」「他のシステムとのデータ連係が困難」「技術的な成約や性能の限界がある」など、さまざまな問題を生み出します。加えて、事業部単位の最適化を優先したことで社内にいくつものレガシーシステムが乱立し、全社横断でのデータ利活用が困難になっているケースも多く見受けられます。
また、一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会の企業IT動向調査報告書 2017によると、国内企業におけるIT関連費用の約80%が現行ビジネス(システム)の維持に割り当てられてしまい、将来に向けた戦略的なIT投資ができない状況にあります。DX推進のためには、レガシーシステムからの脱却が求められています。
IT人材の不足やITエンジニアの確保が困難
かつて大規模なシステム開発を行ってきた人材の多くが定年退職を迎えており、属人的なノウハウの多くが社内から失われ、システムのブラックボックス化を加速させています。先進の技術を学んだ若い人材を老朽化・複雑化したシステムのメンテナンスを担わせようとしても、能力が活かしきれません。また、若いエンジニアにとって魅力的な業務に思えず、離職してしまうケースも。DX推進を担うITエンジニアの活用や育成が困難な環境となっています。
ユーザー企業とベンダー企業の関係性
日本ではユーザー企業よりもベンダー企業に多くのITエンジニアが所属しており、そもそもノウハウが社内に蓄積しにくいという土壌があります。そのため、社内システムの開発においては、要となる要件定義からベンダーに依頼するというケースも少なくありません。DX推進にはシステム開発においてユーザー企業のコミットメントが重要なのですが、このような状況では困難です。また、ユーザー企業自体がシステムにどのような課題があるかを把握できず、開発中に課題が明らかになり、開発期間や費用の増大を招くというケースも。転じて、ユーザー企業とベンダー企業の係争に発展する事態も発生しています。
2025年の崖を克服するためにDXレポートが示す対応策
経済産業省のDX研究会はこうした実情を踏まえ、2025年の崖を克服するための「DX実現シナリオ」を提示しました。このシナリオを実現することで、2030年には実質GDPを130兆円以上押し上げるとしています。そして経済産業省は、そのために個々の企業が参考にするべき「DX推進ガイドライン」や「DX推進指標」などを提示。ここではその詳細について解説します。
引用:DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(経済産業省)
DX推進ガイドラインの策定
「DX推進ガイドライン」とは、経済産業省が配布している『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver. 1.0 』のことです。「DX推進のための経営のあり方、仕組み」と、「DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築」という2つの柱で構成されています。経営者はこれを元に押さえておくべき事項を明確化できますし、取締役会や株主が企業のDX推進への取り組みを評価する際のガイドラインとしても利用できます。自社の抱えている課題の洗い出しや共有に活用しましょう。
引用:「デジタルトランスフォーメーションを推進するための ガイドライン
(DX推進ガイドライン) Ver. 1.0 」(経済産業省)
ITシステムの刷新
DXを推し進めていくにあたり、モダンなITシステムへの刷新は必須となりますが、それには膨大な時間とコスト、そしてリスクがともないます。DXレポートではそれらを最低限に抑えるために次のことを提示しています。
- 刷新後のシステムが実現すべきゴールイメージを共有すること
- 不要なシステムを廃棄し、刷新前に軽量化すること
- マイクロサービス技術などの活用で将来的な拡張性を確保すること
- 事業部間の協調領域における共通プラットフォームの構築
ベンダー企業との新たな関係
DX推進のためにはベンダー企業との関係性も新たなものにするべきでしょう。DXレポートでは、継続的なシステム再構築やアジャイル開発といったDXに適した形態に契約を見直すことを勧めています。さらに、業界内で共同研究を行う技術研究組合や、契約後のトラブル対応にADR(裁判外紛争解決手続)を用いることなども有用だとしています。
DX人材の育成・確保
多くの企業が頭を抱えているDX人材の育成・確保については、DX推進の過程で、既存システムの維持・保守業務に従事しているエンジニアをDX分野にスキルシフトする必要性を示しています。加えて、アジャイル開発の実践を通じ、事業部門人材のIT人材化を提案。経済産業省が定める「ITスキル標準(ITSS)」や「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」を用いた人材育成なども有効としています。
DX推進において企業が目指すべき方向性
「デジタル社会とデジタル産業の姿」を把握する
DXを推進していくにあたり、これからの社会と産業のかたちを正しく把握しておくことが大切です。2021年8月に発表された『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』では、社会全体でデジタル化が進む中、企業が変化に対応し「データとデジタル技術を駆使して新たな価値を産み出すことが求められている」とし、デジタル社会とデジタル産業の姿を下図のようにまとめています。
引用:「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」(経済産業省)
「デジタル産業を構成する企業」として
また、『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』では、デジタル産業を構成する企業が目指すべき姿を「価値創出の全体にデジタルケイパビリティを活用し、それらを介して他社・顧客とつながりエコシステムを形成している状態」と表現。デジタルケイパビリティとは「ビジネスケイパビリティ(価値を創出するための事業能力)をソフトウエアによってデジタル化したもの」をいいます。デジタルケイパビリティを駆使し、消費者も含めた産業全体を有機的に連鎖・循環させていくことが、これからの企業に求められているとしています。
引用:
【DXレポート2.1(DXレポート2追補版)】(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/press/2021/08/20210831005/20210831005.html
【DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~】(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
まとめ
もはや待ったなしの「2025年の崖」への対応。自社のDX化を実現するためにも、DXレポートを熟読し、まず何をやるべきなのかを明確にしましょう。そして、必要であれば外部ベンダー企業の助力を受けることも有用です。
NALでは、お客様自身でDXビジョンを策定する段階でのサポートから実現までをお手伝いしています。専門家が伴走することで、段階的に無理なく、ノウハウを得ながら自社システムを刷新していくことが可能です。